他者と全く同じことを考えるのは難しい。でも同じ風景を見ることはできる。この写真集にも実は、今年99歳の柚木沙弥郎と同じ風景を見る試みが潜んでいるように思える。
素朴なのに洒脱(しゃだつ)、カラフルなのに渋くて上品。そんな作風で知られる染色家だが、本書は作品集ではない。展示室で自作を見つめ、工房で制作し、街を歩く本人の姿、さらに筆や箸を持つ指先までが捉えられている。
2012年末から昨年まで、日常を追い続けた木寺紀雄が撮った約1万7千点のうち、242点が時系列で並ぶ。どれも柔らかな光に満ちるが、柚木のいないコマも多い。美しい自然風景、さまざまな道具。彼が見た風景を共有し、「こういうものを見て、ああいう表現が生まれるのか」と作品との対話も始まる。
が、主役はやはり本人。冒頭の少々緊張した顔つきや作品を見る鋭い表情もあるが、全体としては笑顔がたっぷり。そんな柚木のいる風景を見る。これがまた作風とつながる。=朝日新聞2021年1月16日掲載