1. HOME
  2. 書評
  3. 「北条五代」書評 作者急逝 書き継いだ義の物語

「北条五代」書評 作者急逝 書き継いだ義の物語

評者: 呉座勇一 / 朝⽇新聞掲載:2021年02月06日
北条五代 上 著者:火坂雅志 出版社:朝日新聞出版 ジャンル:小説

ISBN: 9784022517371
発売⽇: 2020/12/07
サイズ: 20cm/397p

北条五代 下 著者:火坂雅志 出版社:朝日新聞出版 ジャンル:小説

ISBN: 9784022517388
発売⽇: 2020/12/07
サイズ: 20cm/423p

北条五代(上・下) [著]火坂雅志、伊東潤

 戦国時代屈指の有力大名でありながら、後北条氏はいささか地味な存在である。けれども親子兄弟骨肉の争いで弱体化したり、優れた後継者に恵まれずに衰退したりする大名が多い中、北条氏は五代にわたって一歩一歩着実に勢力を拡大していった。
 北条氏歴代の当主は、それぞれ性格を異にするが、父祖の教えを守り、たすきを受け継ぐかのように領国を発展させ、関東の覇者となった。武田信玄や上杉謙信のような英雄個人の名人芸ではなく、組織の力でここまで成功した大名家は他に類を見ない。
 そんな北条五代を主人公にした歴史小説が、不測の事態が原因とはいえ、2人の作家のリレーで紡がれたことに運命的なものを感じる。本作は、火坂の急逝により未完になるところを、伊東が書き継いで百年の興亡史を完結させたものだ。
 個性と個性が衝突してしまうのではないかと読む前は不安だったが、バトンの受け渡しはスムーズだ。かといって伊東が自分の持ち味を殺したわけではない。
 乱暴に色分けするなら、火坂が静で伊東が動だろう。情感豊かに人物を描き出す火坂に対し、伊東は手に汗握る展開で読者を引き込む。クライマックスに向かって盛り上げていくという意味において、不幸なランナー交代が結果的に功を奏した部分もあるかもしれない。
 歴史学者の立場から読むと、北条氏の「義」と敵対勢力の悪辣(あくらつ)さが強調されすぎているようにも感じられたが、北条氏の主観ではこの通りだったのだろう。数ある戦国大名の中でも、北条氏が最も真剣に民衆に向き合った大名だったことは事実である。
 豊臣秀吉の小田原征伐によって北条氏はあえなく滅びた。しかし北条氏の遺産は後世に引き継がれた。ならば彼らは〝勝者〟なのではないか。コロナ禍の鬱屈(うっくつ)を一時忘れさせてくれる爽やかな読後感。歴史小説の醍醐味(だいごみ)である。
    ◇
ひさか・まさし 1956~2015。作家。『天地人』など▽いとう・じゅん 1960年生まれ。作家。『国を蹴った男』など。