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「ファシズムへの偏流」 カリスマの転向 うねる時代映す 朝日新聞書評から

評者: 藤原辰史 / 朝⽇新聞掲載:2021年02月06日
ファシズムへの偏流 ジャック・ドリオとフランス人民党 上 著者:竹岡 敬温 出版社:国書刊行会 ジャンル:政治・行政

ISBN: 9784336066633
発売⽇: 2020/11/25
サイズ: 20cm/385p

ファシズムへの偏流 ジャック・ドリオとフランス人民党 下 著者:竹岡 敬温 出版社:国書刊行会 ジャンル:政治・行政

ISBN: 9784336066640
発売⽇: 2020/11/25
サイズ: 20cm/294p

ファシズムへの偏流 ジャック・ドリオとフランス人民党(上・下) [著]竹岡敬温

 舞台は一九三〇~四〇年代のフランス。共産党の市長から一転、ファシストに転向を遂げたカリスマ政治家の驚愕(きょうがく)の伝記である。
 一八九八年、ジャック・ドリオはパリの北にある一二〇〇人の村で、貧しい鍛冶(かじ)職人の父と内職でお針子の仕事をする母の間に生まれた。パリ近郊のサン・ドニに出て冶金(やきん)工として働く中で社会主義と出会い社会党に入党。第一次世界大戦では激戦地に配属されたが生き残る。サン・ドニに戻ると、コミンテルン陣営に鞍(くら)替えし、職業的革命家の道を歩む。
 ドリオは共産党員としてモスクワに行き二〇カ月滞在し、ロシア語、マルクス主義、演説の手法、文書の作成方法を学んだ。レーニンの死には「嗚咽(おえつ)をこらえることができなかった」という筋金入りの共産主義者となってサン・ドニに戻った。一八〇センチの頑丈な体つき、精悍(せいかん)な顔に澄んだ目、巧みな話術を持つドリオは大衆の人気を博し、代議士をへて一九三一年、賃金労働者の多い「赤い都市」サン・ドニの市長に選出される。
 市長時代の彼の政策がまぶしい。税制改革後に大規模予算を編成し、慈善事業と生活保護の支出や養護施設、公教育の予算を増加、林間・臨海学校を無償化し、託児所や市立図書館を増設した。市民の人気を博したのも当然だろう。
 ところが運命の歯車が狂い始める。モスクワに反逆したのだ。ナチズムの勃興に危機感を抱いたドリオは社会党との統一戦線を訴えるが否定される。共産党は社会党を極右よりも危険な敵と見なしていたからだ。率直にものをいうドリオは、モスクワとフランス共産党幹部から忌み嫌われ、三四年に除名される。しかし除名されたその時、共産党はドリオの訴えていた統一戦線を選んでいた。
 共産主義に幻滅したドリオは、二年後に莫大(ばくだい)な資金援助を受け、フランス人民党を結成する。数万の支持者が彼の後を追う。フランス唯一のファシスト政党の誕生である。ファシズム指導者で労働者出身は珍しい。ドリオは旧来の敵であったヒトラーに忠誠を誓い、第二次世界大戦時にはドイツの軍服を着てソ連軍と戦った。四五年、反目しあう反共政治家の再結束を画策する途中、乗った車が飛行機の機銃掃射を受け、即死した。
 著者は言う。「ドリオの生涯は、個人の歴史を大きくはみ出す」。転向左翼がファシズムに流れる事例は日独伊ともに多々あったが、そんな時代のうねりがドリオを通じてリアルに伝わってくる。
 まるで歴史長編小説のような読み応えだった。歴史学者は六〇歳で若手、七〇歳で中堅だと院生時代に聞いたが、もうすぐ九〇歳を迎えようとする碩学(せきがく)が達した歴史学の境地を、ぜひ堪能してほしい。
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たけおか・ゆきはる 1932年生まれ。大阪大名誉教授(社会経済史)。著書に『世界恐慌期フランスの社会』『「アナール」学派と社会史』『近代フランス物価史序説』など、共編著に『社会史への途』など。