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子どもの幸福度1位のオランダ発の絵本「ぼくといっしょに」 冒険世界に誘われて、ドキドキ

文:柿本礼子、写真:斉藤順子

個を尊重する文化を含めて翻訳したい

――ユニセフ(国連児童基金)の2020年報告書によると、先進国の子どもの幸福度はオランダが総合1位だった(日本は38カ国中20位)。そんなオランダの子どもたちが育つ環境が垣間見えるのが、シャルロット・デマトーン作『ぼくといっしょに』(ブロンズ新社)だ。オランダで2000年に出版され、今では日本のほか世界中にファンが広がっている。この本を訳した野坂悦子さんと、編集を担当した沖本敦子さんに本書の魅力とオランダの文化について聞いた。

野坂:(編集者の)沖本さんは最初、イタリア・ボローニャのブックフェアでこの本に出会ったのでしたね。

沖本:はい、2008年のボローニャです。ブックフェアの期間中は世界中から出版関係者が集まっていて、フェアが終わった後も本屋でイベントをしていたりと街中が盛り上がっているんです。この絵本には、フェアのミーティングではなく、その日の仕事を終えて市内の本屋さんをぶらついている時に出会いました。すごくいい本だなと思って、出版社に連絡をして版権を取得しました。でも版権を取ったもののすぐに刊行はせず、「どういう形で出せるといいのかな」と迷いながら、手元にずっと置いていました。

その後、出産を経て子育てをする中で、子どもの個性を尊重して育てるオランダの教育に興味を持つようになりました。『ぼくといっしょに』を単に翻訳絵本として出すよりも、オランダの文化や社会背景、教育を含めて紹介する本にしたいと考えるようになったのです。そこでオランダ語翻訳の第一人者である野坂さんにぜひ訳していただきたいと連絡を取りました。2019年のことで、そこから2020年5月の刊行まで約1年間かけて訳文を作り上げていただきました。コロナで世の中が混乱しだした2020年6月に初版が出て、1年経たずに3刷になりました。海外の翻訳絵本としては、大健闘だと思います。

『ぼくといっしょに』より

野坂:作者のシャルロット・デマトーンさんの絵本は何冊か読んだことがありました。私が大好きなのは『ネーデルラント』という絵本。オランダの色々な街の景色が俯瞰で描かれている字のない絵本です。

ロッテルダムの都市が描かれたページには、大学の名前としても残る(中世の人文学者)エラスムスも描かれています。他ページでは船に乗っている男の子たちの姿がありますが、アムステルダムの運河をよく見ると、オランダで最初のホモセクシュアルの船上結婚式の様子がわかります。細部まで面白いエピソードが詰め込まれ、それぞれに物語があり、見つければ見つけるほどのめりこめる本です。しかし文字がないので、残念ながら翻訳者の出番はありません(笑)。

ですので『ぼくといっしょに』の翻訳の話をいただいたときは、とても嬉しく思いました。ただ、あとがきは、どなたか教育の専門家の方でもいいんじゃないかという気持ちもありました。でも沖本さんが、「子どもの本に長く関わっていて、向こうでも子育てをした経験のある私の視点が欲しい」とおっしゃってくださったので、あとがきも含めて、この仕事を引き受けることにしたのです。

誘う言葉のリズムを探して

――『ぼくといっしょに』は、想像力広がる男の子の大冒険のお話だ。お母さんにお使いを頼まれた「ぼく」。でも家から八百屋までは危険がいっぱい! 森にはドラゴンや巨人がひそみ、海には人喰いザメやかいぞくが……。読者は「ぼく」といっしょにアドベンチャーの世界に足を踏み入れる。

野坂:この本は参加型の絵本。読者である子どもたちに「○○をしない?」と読みかけて、子どもたちが出てくるのを待って、またお話が次に進んでいく。そうした子どもの自主性を大事にしたいと思いました。そのため、押し付けがましくないように、誘いこむような言葉遣いを心がけています。言葉のリズムで、自然にこの世界に子どもたちを誘い、もっともっと一緒に先に行きたいという気持ちにさせることに心を砕きました。

沖本:例えば、大男が眠っているシーンで、原文では「大男が目を覚ます前に」と書いてあるところも、「ぎょろりと目を……」という風に擬態語を足したりしましたね。

野坂:そう。ドキドキしながらページをめくってもらえるような仕掛けを、細かく細かく作って足して、見直して、うるさい箇所はまた削って……と。

沖本:野坂さんが改稿を重ねるごとに、訳文がカンナをかけたように、なめらかに魅力的になっていきましたね。

野坂:最後まで悩んだのは、クライマックスで主人公の「ぼく」が読者に呼びかけるシーン。原文を直訳すると、「ねえ、ぼくの頼みを聞いてくれる?」だったのですが、もっと積極的に踏み込んで「おねがい、ちからを かして」という表現にしました。本の最初は「○○してくれる?」と丁寧に言っていたんです。でも、ここまで読んでくれていたら、読者はやる気になっているはずだと、呼びかけの仕方を変えました。

『ぼくといっしょに』より。この庭で大冒険が巻き起こる

野坂:もしかしたら、オランダの絵本の方が、少し距離をおいたような形で話すというか、子どもの「個」を尊重する表現になっているのかもしれません。例えば(オランダ人作家の)ディック・ブルーナ作「うさこちゃん」シリーズに、海に行く話、『うさこちゃんとうみ』がありますね。あの本の中で、お父さんは海に行くときに「いきたいひと だあれ?」という誘い方をしていて、「一緒に行くよ」と、うさこちゃんを強制するような誘い方をしないんです。

日本だとどうしても、子どもの行動を親が先回りして決めてしまい、「あなたの言いたいことはわかっている」という風になりがちです。そこを一旦切って、「私は私だけれども、あなたはどうなの?」と聞くのがオランダ風、「個」を大切にする価値観なのです。冷たいように聞こえるかもしれませんが、小さいうちから自分で選択することの積み重ねが、自分の生き方は自分で決めるという大事なことにつながっていく。私自身はそう捉えています。

不安定な時代を乗り越える「想像力」

――ストーリーはもちろん、細部まで描きこまれた美しい絵も、本書の魅力だ。何度もページをめくりたくなり、見るたびに新しい発見がある。

沖本:この本の一番の魅力は、お話を読んでもらうというよりは、自分から物語を見つけていけるところ、子どもたちが、自分自身の想像力やクリエイティビティを広げられるところだと感じています。そうした力を持つことが、結局は自分の人生の扉を自ら開ける力になると、私は信じています。

野坂:そう、想像力の絵本ですね。そして今こそ、そうした想像力が必要だと感じています。明日がどうなるかがわからない、この不安定な時代を乗り切るために、最も信頼できるのは自分の想像力なのだから。ちなみに、オランダでは字のない絵本は割と多くあって、人気があるんです。子どもも大人も絵本を見ながら自分の想像を広げ、その場で作ったお話を語って聞かせるという楽しみ方をしています。この本も文字は入っていますが、そうした楽しみ方もできる。一通りではない読み方ができるのではないかなと思います。

――日本で本書を出版した2020年、ちょうど同じタイミングでユネスコの「子どもの幸福度」の発表があり、オランダが1位になった。

野坂:絵本の中にも最上級の表現が多々出てくるんです。「世界でいちばん○○な」という表現が繰り返し使われます。偶然ではありますが、訳し終わったタイミングで「子どもが世界で一番幸せな国」という発表があったのは嬉しい一致でした。

――オランダを中心にフランス語、英語で出版された絵本や文芸書を30年以上翻訳している野坂さん。改めて、オランダの絵本の魅力は何だろうか?

野坂:オランダに住んでいた時に感じたのは、アート性の強い絵本や実験的な絵本も多く、絵本を狭い枠の中でとらえていないところです。最近では環境破壊や貧困、戦争などの社会問題を、ノンフィクションではなくフィクションとして美しい絵で表現している絵本も面白いな、と思っています。

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