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異世界に幽霊…「特殊設定」 榊林銘「あと十五秒で死ぬ」など千街晶之さん注目のミステリー3冊

  • あと十五秒で死ぬ(榊林銘、東京創元社)
  • 霊視刑事夕雨子2 雨空の鎮魂歌(青柳碧人、講談社文庫)
  • 擬傷の鳥はつかまらない(荻堂顕、新潮社)

 ここ数年でミステリー界に定着した用語に「特殊設定ミステリー」というものがある。舞台が現実社会とは異なる異世界だったり、作中に幽霊やゾンビや超能力者が実在したり……といった、超常的な要素を前提としたミステリーのことだ。古典にもその萌芽(ほうが)と言える作例があるし、一九八○年代末から九○年代にかけての「新本格」の時代には山口雅也や西澤保彦らがこの種のミステリーを発表していたが、今や当時とは比較にならないほど作例が増えており、「特殊設定ミステリー」という言葉が新たに生まれた背景もそのあたりにある。

 榊林銘『あと十五秒で死ぬ』は、十五秒というテーマで統一された短篇集である。巻頭の「十五秒」(第十二回ミステリーズ!新人賞佳作受賞作)は、銃で撃たれた主人公が死神(しにがみ)との契約により、十五秒の余命を利用して犯人を告発しようとする話だ。また、巻末の「首が取れても死なない僕らの首無殺人事件」は、首が取れても十五秒間は死なないでいられる住民たちが暮らしている島が舞台。首が取れた主人公が、他の人間と胴体を交換することで命をつなぎながら真相に迫る展開も異様そのものだが、事件決着後、事態を丸く収めるためのある人物の行動には呆気(あっけ)に取られる。よくもこんな設定を思いつき、なおかつ緻密(ちみつ)な謎解きを構築したものだと、著者の才気に敬服するしかない。

 青柳碧人『霊視刑事夕雨子(ゆうこ)2 雨空の鎮魂歌(レクイエム)』は、霊の姿を見、その声を聴く能力を持つ大崎夕雨子と、破天荒な性格の野島友梨香という刑事コンビの活躍を描くシリーズの二冊目。霊とコンタクトを取れるなら、犯人を見つけることなど楽勝と思いきや、霊が自分を殺した人間の名前を素直に口にするとは限らないし、自分が何者か当ててみろと挑発してくる霊まで登場する。そんな厄介な霊たちの訴えに耳を傾けながら、ロジカルな推理と堅実な裏付け捜査で解決に辿(たど)りつくプロセスにこの連作の妙味がある。

 誤解されがちな傾向があるが、特殊設定ミステリーは、謎解きを主眼とする本格ミステリーのサブジャンルではない。特殊設定をハードボイルドや犯罪小説と結びつけることも原理的には可能なのだ。第七回新潮ミステリー大賞を受賞した荻堂顕『擬傷の鳥はつかまらない』は、新宿歌舞伎町で、人生に絶望した人間を「門」の向こうの異界へと逃がす裏稼業を営んでいる女性が主人公の物語。異界がどのような場所かを知ることで、自らの過去と真摯(しんし)に向かい合う登場人物たちの姿が印象的だ。特殊設定とハードボイルドを巧みに融合させた意欲作である。=朝日新聞2021年2月24日掲載