「調子悪くてあたりまえ 近田春夫自伝」書評 流転を続けて「袖で見る」音楽史
ISBN: 9784898155363
発売⽇: 2021/01/28
サイズ: 19cm/340p
調子悪くてあたりまえ 近田春夫自伝 [著]近田春夫 [構成]下井草秀
音楽界を泳ぐように、何でもかんでもやってきた人の自伝だが、読み終えると、一体、何者なのかと起点に戻る。核を作らせない。「とにかく、俺はファンの粛清を頻繁に行うわけよ」「それまでの蓄積をいとも簡単に捨て去ってしまう」
幼少期から東京のど真ん中で文化を吸い、創刊直後の雑誌「anan」のスタッフ募集に「内田裕也は絶対にスターになる」と記した文章を提出、編集部に潜り込み、「ジョン・レノンには何を贈ったら喜んでもらえるか」というテーマで「日本の霊柩(れいきゅう)車」と書いた。そうこうしているうちに内田裕也のバンドに加入、すぐに辞めて自身でバンドを組んだと思ったら、「オールナイトニッポン」のパーソナリティーに抜擢(ばってき)、「この曲嫌いだからやめよう」と途中で止めるなどしていた。
こんな流転も近田のキャリアのごく一部。雑誌で連載を持ち、バンドをプロデュースし、いくつものCM音楽を作る。その足跡に、ロックの、ヒップホップの黎明(れいめい)期が映し出される。「自分の中では『ロックンロール』と『ロック』は違うものなんだ」
近田の足跡はまさしく「ロール」に重心がある。その都度、別の場所で、いつも異なる人と、何かをぐるぐる巻いている感じ。
人間と人間の接触がなければ文化は生まれない。通りすがった無数の人との摩擦熱で作品を生み出し、その場から軽快に去る。この本の読みどころを、「私というものを通じて、この国の音楽/芸能のシーンを〝袖で見る〟醍醐(だいご)味を味わうことが出来る」とする。あくまでも「袖」。
ある時、自分のバンドの広告で「調子悪くてあたりまえ」と銘打った。誰だって、そうでしょう、それが普遍的な真理なのだと。「過去を振り返るのって、仮にそれが楽しい思い出だったとしても、結果を動かせないという意味では、後悔と変わらないじゃない」
自伝でそう言い切っちゃう。「粛清」がまだまだ続く。
◇
ちかだ・はるお 1951年生まれ。ミュージシャン。ソロアルバムに「超冗談だから」、著書に『考えるヒット』など。