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「無意識のバイアス」他1冊 ふとした行為で傷つける根深さ 朝日新聞書評から

評者: 本田由紀 / 朝⽇新聞掲載:2021年03月06日
無意識のバイアス 人はなぜ人種差別をするのか 著者:ジェニファー・エバーハート 出版社:明石書店 ジャンル:社会学

ISBN: 9784750351230
発売⽇: 2020/12/25
サイズ: 19cm/373p

日常生活に埋め込まれたマイクロアグレッション 人種、ジェンダー、性的指向:マイノリティに向けられる無意識の差別 著者:デラルド・ウィン・スー 出版社:明石書店 ジャンル:社会・時事

ISBN: 9784750351179
発売⽇: 2020/12/14
サイズ: 20cm/492p

無意識のバイアス 人はなぜ人種差別をするのか [著]ジェニファー・エバーハート/日常生活に埋め込まれたマイクロアグレッション 人種、ジェンダー、性的指向:マイノリティに向けられる無意識の差別 [著]デラルド・ウィン・スー

 この2冊には共通点が多い。
 第一に、それぞれの著者は、アメリカで差別に関する心理学研究に従事しているエスニックマイノリティであるということである。
 『無意識のバイアス』の著者エバーハートはアフリカ系、『日常生活に埋め込まれたマイクロアグレッション』の著者スーはアジア系であり、前者は社会心理学、後者は臨床心理学という違いはあるが、いずれの本にも、彼らの緻密(ちみつ)な実証研究の成果に加えて、そうした自身の経験が率直に語られている。
 第二に、どちらも「無意識」の差別に焦点を当てているということである。『バイアス』は脳科学の知見もとりいれつつ認識の構造に力点があり、『マイクロアグレッション』は攻撃的な行動に重心を置いているが、どちらも、差別する側が気づいていない差別のあり方を掘り下げている。
 「無意識」が現在のアメリカにおける差別研究の中核に位置づくようになっていることは、あからさまな差別はだめだ、という規範が一定の進展を見せる中でも、なお残る――「善良」な人々であってもやってしまう――差別の問題の根深さが気づかれるようになっていることを反映している。
 第三に、いずれの著者も警察やカウンセリングなど実践的な現場と密接に関わり、そこにおける無意識の差別の克服という困難な課題への対処策を積極的に発言し続けているということである。
 これらの著作に含まれているクリアな科学的諸知見と、差別される側が受ける生々しい傷の指摘は、差別に対して鈍感な日本社会に対して大きなインパクトを持つだろう。あからさまに差別的な発言をしておきながら、謝罪と称して「悪気はなかった」とか「これが本音だ」とか、さらなる攻撃を垂れ流す公人があとを絶たない日本。
 それよりもずっと微細なものであっても、差別される側にとって時に死に至る傷を残す。それだけでなく、差別する側にとっても実は人間性や他者との関係を損なうという弊害をもち、ひいては社会全体をも毀損(きそん)していることを、どちらの本もデータや実験からこれでもかと提示している。
 人々を、その出自や性別などの雑なカテゴリーで括(くく)り、人類の醜悪な歴史が彼らに与えてきた苦難を負のイメージで彼らに投影し、感じ方や行為によって今なお繰り返し貶(おとし)める差別。長い時間と、制度や政策にも今なお埋め込まれているマクロな差別構造が、人びとの日々のミクロな思考と行動によって再生産され続けているのだ。
 ふとした言葉、何げない表情が、他者への凶器となりうる。それらへの気づきと決別の意志なくしては、世界の未来は闇に閉ざされたままになるだろう。 
    ◇
 Jennifer Eberhardt 米スタンフォード大教授(社会心理学)。フォーリン・ポリシー「世界をリードする100人の思想家」の一人▽Derald Wing Sue 米コロンビア大教授(心理学、教育学)。