ウイルスは年度末で句読点をつけてくれるわけでもなく、この閉塞感はいつまで続くのかわかりません。ささくれ立った気持ちを少しでも癒してもらおうと、今年度は処方箋のような本をたくさん紹介してきました。でも、僕にとって最も効果があったのは、時代小説よりも、児童文学よりも、じつはこの漫画。丸顔めめ『スーパーベイビー』(芳文社)。この爽快感、ぜひ皆さんとシェアしたいです。
とにかく、スカッとします。気持ちがほぐれます。イヤな現実を忘れ、心が和みます。熊本出身のギャル・玉緒(たまお)と、職場近くのスーパーマーケットで働く地味な男・楽丸(らくまる)。ひょんなことから玉緒は楽丸に一目惚れし、猛烈にアタック。ちょっと前、いや、だいぶ前に流行った「黒ギャル」のいでたちの玉緒の姿に、恋愛経験のない楽丸はおびえます。でも、外見とは似ても似つかない玉緒の一途な面に、楽丸はしだいに惹かれ、ふたりはカップルになるのです。
まず何といっても最高なのは、玉緒ちゃんと楽丸のキャラクター。外見のベクトルは真逆ですが、他人に優しく、自らに「芯」を持つ点がじつは似ている。ふたりで手を携えて生きていこうとする姿がとても微笑ましい。好きな人と出逢い、初めて一緒に暮らす瞬間の、あのワクワク感。思わず若い頃の自分を思い出し、「この気持ち、懐かしい!」。純粋に、ふたりを応援したくなります。
ひとを外見で判断してはダメです……とは言いますが、ガングロ、ヤマンバ。思い返せば若い頃あのルックスの時点で僕は心に壁をつくっていました。言葉づかいも凄かった。周囲の男たちも含め。僕とはまったく住む世界が違っていました。「到底理解できない」などと、どこか偏見を持っていたように思います。今にして思えば、この本の玉緒のように正直で明るくて、自分自身の「今」を生きていた。難しい理屈は置いておいて、感性に正直に生きていたのだろうな、と思います。自分とは異質だと思いながらも、どこか憧れを抱いていたのかも。玉緒というキャラクターの人物描写の意外さに、かつての偏見を反省します。
実社会では起こりそうにない、ギャルと地味男のファンタジー。ところが、この本はただのラブコメでは終わりません。途中から、玉緒の「過去」や、楽丸の育ってきた「家庭」「夢」が描かれ、物語のレイヤー(層)はぐっと深度を増していきます。玉緒の恋人遍歴を知る友達・さわちゃんは、そんな玉緒を心配し、つねに寄り添います。過去の不幸せな出来事が、再び押し寄せそうになる場面では、普段おどおどしている楽丸が、大活躍してくれます。僕、そのシーンを読みながら思わずウルっときました。
それから、このシーンも好きです。「あたし…ちょーバカだから」。派手な姿とは裏腹に、自己肯定感の低い玉緒がつぶやいた瞬間、楽丸が玉緒の手を握って、こう告げるのです。「玉緒さん、それ、やめよう。自分のこと馬鹿なんて言わないで。自分で自分を傷つけないで。玉緒さんはそんな人じゃない」。自分を卑下してはいけないという言葉が、玉緒のなかでわだかまっていた、解けなかった心の糸をほぐしてあげた瞬間です。僕も彼にまったく同意します。卑下ではなく謙遜のつもりかも知れなくとも、「自分はバカだ」なんて言葉は使わないほうが良い。
恋愛と同時に、夢、自己実現が物語のキーワードだと思います。玉緒は「天下取ってくるぜ」って言って上京しながら、不幸な出来事で、夢が途絶えてしまった。いっぽうで、楽丸の夢は動き始めています。物語は未完です。今後、玉緒がどう自己実現し、夢を叶え、成長するのか楽しみです。
舞台となっているのは、東京都町田市。「東京」とは言いながらも、どこかローカルな温かみのある人間関係が、物語のなかでも広がっています。ジュリ、ともみつ、ぽぽたむ。周りのキャラクターは皆、愛があって、仲間を大事にしている。「最近の若い者は~」なんて、とかく批判されがちですが、じっさいは皆、友達思いで、なおかつ自分の夢に邁進している。登場人物たちに皆、温度がある。いわゆる「悪役」として出てくる人物も、それだけとしては描かれていません。そのへんがリアルです。一見、ギャルのキャピキャピした少女漫画の体(てい)を装って、きちんと人間を描いている。
恋愛、友情、家族――。自分を取り巻く人たちは、自分を映す鏡でもあります。たとえ失敗したとしても、自分の人生に向き直ってほしいし、取り返しはつくはずです。二度と立ち上がることが許されない世の中は、この社会を構成する全員を辛くします。寛容さと、再挑戦の機会が、今後の日本ではとても大事ではないでしょうか。「失敗してもまたやり直せる」というメッセージも、物語の「裏テーマ」としてある気がします。最後に……俺はギャル好きだー!
『アオアシ』(小林有吾)もお薦めします。Jリーグユースを扱ったサッカー漫画で、少年の成長譚です。爽快感に癒され、涙を流してリフレッシュしたら、元気に健やかに新年度を迎えましょう!(構成・加賀直樹)