小津夜景『漢詩の手帖(てちょう) いつかたこぶねになる日』(素粒社)は、漢詩の和訳を交えた不思議なエッセー集。日々の暮らしや古今東西の文物、社会についてつづり、すっと漢詩の世界に入る。
著者は南フランス在住の女性俳人らしい。「この人、何者?」と池澤夏樹さんの帯文の通り謎だらけ。その池澤さんと小津さんが、東京・下北沢の本屋B&Bで対談した。「密度が濃く、かつ飛翔(ひしょう)している」文体について問われた小津さんは「連句」の影響を挙げた。次々に句を読み継ぐ連句では、前の句と関連しつつ、重複や同趣を避ける。「前へ前へと進み、後ろを振り返らない。イメージを渡り歩くようなエピソード同士の距離感を知って、文章に応用したら書けると思った」
漢詩への先入観を打ち破る翻訳のみならず、エッセーの軽やかさも俳諧が支えていたとは。しなやかな言語感覚の秘密をのぞき見た気がした。(滝沢文那)=朝日新聞2021年3月20日掲載