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「おれたちの歌をうたえ」書評 挫折に落とし前 未来は変わる

評者: 大矢博子 / 朝⽇新聞掲載:2021年03月27日
おれたちの歌をうたえ 著者:呉勝浩 出版社:文藝春秋 ジャンル:小説

ISBN: 9784163913278
発売⽇: 2021/02/10
サイズ: 20cm/598p

おれたちの歌をうたえ [著]呉勝浩

 呉勝浩は〈抵抗〉を描く作家である。どうしようもない理不尽に対する抵抗、変えられない過去に対する抵抗、消せない後悔に対する抵抗。その先に何があるのかを描き続けてきた著者の、到達点が本書だ。
 元刑事で今はデリヘルの運転手をしている河辺のもとに、かつての親友・佐登志が死んだと連絡が入る。知らせてきたのは佐登志の世話をしていたというチンピラの茂田。佐登志は暗号のような詩を遺(のこ)しており、茂田はそれが金塊の隠し場所だと言う。
 佐登志の遺体に他殺の痕跡を発見した河辺は暗号に挑むが、それは河辺と佐登志が高校生だった43年前の、故郷での未解決事件に関連するものだった――。
 長野を舞台に、昭和、平成、令和に跨(またが)る壮大かつ骨太な大河ミステリーだ。ふたつの殺人事件の意外な真相はもちろん、そこに至るまでの展開も実にスリリングで、600ページの長さを一気読みさせられた。
 中でも特筆すべきは、登場人物と時代をシンクロさせるという手法だ。無邪気な仲良しグループだった当時の仲間は皆、事件に人生を捻(ね)じ曲げられ、今は幸せとはいえない状況にある。どこで間違えたのか、どこかでやり直すことはできなかったのか。その描写が、無邪気に上昇を信じていた昭和から失われた30年と呼ばれる平成を経た現代の社会に重なる。彼らの挫折は社会の挫折なのだ。
 だがそれは決して過去の否定ではない。たとえ失敗であっても、その時は彼らなりに一生懸命だった。そして長い間目を背けていた挫折とあらためて対峙(たいじ)し、落とし前をつけようと闘う姿こそ本書の核心だ。
 戦争体験者の師や兄貴分の影響を受けて育った河辺が、若い茂田に無意識のうちに自分の考えや知恵を伝える場面が印象的だ。少しずつ茂田が変わっていく。過去は変えられないが、その積み重ねで未来は変えられる。成長する茂田はその希望の象徴なのである。
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ご・かつひろ 1981年生まれ。『スワン』で吉川英治文学新人賞、日本推理作家協会賞。『ライオン・ブルー』など。