原作を読んで「どぎまぎ」
『砕け散るところを見せてあげる』はカテゴライズをするならば、「青春もの」または「恋愛もの」の作品といった形になるかもしれない。実際、高校生の男女が出会い、関係を深めていくという表面的な物語のみを見るならば、そうした形容も間違ってはいないのだが、竹宮ゆゆこさんによる原作、またSABU監督によって映画化された本作に触れた観客は、しだいにその内包するものが、人間の悪の深淵や、そうした負の側面を乗り越えて飛躍しようとする、壮大な愛の力であることに気が付くだろう。筆者自身も原作、そして原作の核が確かに受け継がれた映画の、“愛すること”のパワーに圧倒された一人だった。
本作のヒロイン、蔵本玻璃を演じた石井杏奈さんは、まず原作に触れたとき、「どういう作品なのか」がわからないわくわく感、そして玻璃への共感を強く覚えたという。「普段はどんでん返しのある、ミステリー系の作品をよく読むんですけど、『砕け散るところを見せてあげる』は、まさに最後までどうなるかがわからない作品で、読んでいる最中はずっとどぎまぎしていました。ページをめくる手が止まらなくて、かつ終わってほしいと思えないという、不思議な感触を覚えたんです。そして、玻璃という人間がすごく好きになって、彼女の生き方を自分が演じることによって、肯定したいと思えました」
では、玻璃のどのような部分に魅力を感じたのか。「根が本当にまっすぐで、ピュアなところ。好きになった人に対しては嘘のない、まっすぐな笑顔や言葉を向けて、全身で自分の想いを表現する。こんなに純粋な人がいるんだ、と思ったんです」
そんな彼女を演じる上で、しかし、SABU監督から事細かな指示はなく、石井さんの主体性が尊重されたという。「現場では、本当に自由にやらせていただきました。ここではこのくらいの声量を出すとか、そういう技術面を意識するというよりは、自分が最初に台本を読んだときのインスピレーションを軸に、最後までやりきった感じです。明日に備えて体力をセーブしようとかもなく、ひたすら全力で玻璃に向き合いました。玻璃という人間を演じるというよりは、“生きた”感覚に近いですね」
女優としてあらたなフェーズへ
本作のもうひとりの主人公となるのは、中川大志さんが演じる、玻璃をいじめから救い出し、玻璃の心の太陽となっていく濱田清澄だ。「悪を見逃さない」「自分のためではなくひとのために戦う」「絶対に負けない」というヒーロー3か条を掲げ、まっすぐに玻璃、また周囲の人間に向き合う。名前が表すように「清く、澄んだ心」の持ち主であることが、作品の節々から伝わってくる。
「玻璃が清澄についていきたいと思えたのは、清澄の“愛”の力があったからこそだと思います。清澄は時には自分を犠牲にしてまで、人に対してとことんまで向き合う。それはものすごく勇気や体力のいることだし、普通の人にはできません。清澄は、本当に心の引き出しが大きいんだなと。私自身も玻璃を“生きる”過程で、そのことを実感できていったように思います。それには、もちろん(中川)大志くんの存在も大きかったです」
本作が3回目の共演となる石井さんと中川さんだが、お互いに役に対する覚悟を強く感じ、そのたびに勇気づけられたという。
また、玻璃の父を演じる堤真一さんとのエピソードも、印象深いものだった。ネタバレになるため詳細な記述は避けるが、本作の中盤では、初めて登場した彼がスクリーンに向かって笑みを浮かべる、しかしどこか不穏な空気を漂わせているそのたたずまいが印象的だ。玻璃の父と清澄・玻璃との対峙が、後半においてはひとつの核となる。
「堤さんは普段はすごく優しい方で、オフの時間は田んぼ道でトンボやバッタを捕まえたりとお茶目な一面もあったんですけど、撮影になるとがらりと変わって、特にその目の力には圧倒されました。それだけに、この人の娘としてどう向き合うかはずっと考えていたように思います」
本作はほかにも、清澄の親友・田丸玄悟を演じる井之脇海さんや、独特な言葉のセンスを持つ清澄のクラスメイト・尾崎を演じる松井愛莉さん、清澄の母を演じる矢田亜希子さんなど実力派の俳優が顔をそろえる。そうして作られていった「砕け散るところを見せてあげる」の世界に、石井さんはどんどん惹かれていったという。
「自分の出番がない時でも、大志くんと現場に顔を出して、モニターをじっとふたりで待つようなこともありました。疲れたので宿泊場所のホテルに戻るとか、本作ではぜんぜんそういうことはありませんでした。ずっとここにいたいと思えたんです。本当にこの作品が大好きになって、文字通り全精力を注ぎこめました」
これまで、昨年末に解散した E-girlsのパフォーマーとして活躍を続けてきた石井さんだが、今後は女優としての活動に専念する決意を固めているという。その意気込みを聞いたところ、「どのような役にしろ、自分が“共感できる”ところを見つけること」という答えが返ってきた。
「今回私が演じた玻璃は、最初はみんなからいじめられる存在でしたけど、逆にいじめる立場の人間を演じるようなこともあるとは思います。でも、そういう人にも過去に友だち関係がぎくしゃくしてしまったとか、親からの愛を受けていなかったとか、何か理由はあるはずです。どこかでその人の生き方に共感することができれば、私がその人を“生きる”ことはできる。人を理解しようとする姿勢は、ずっと持ち続けていたいですね」