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エトセトラブックス(東京) 本でつながる女性たちが週に3日開く、みんなのフェミニズム専門書店

文・写真:朴順梨

 2014年に私は、河出書房新社から『奥さまは愛国』という本を出している(北原みのりさんとの共著。ぜひお読みくだされ)。その担当編集だった松尾亜紀子さんから「独立してフェミニズムをテーマにした出版社を作る」と、2018年の終わり頃に聞いていた。半年後、松尾さんは雑誌『エトセトラ』を創刊し、さらに2021年1月にフェミニズム専門書店もオープンした。それが今回紹介する、エトセトラブックスだ。

 元担当編集と久々に会えるということで、軽い足取りで京王井の頭線の新代田駅に向かう。エトセトラブックスは駅の改札から、3分もかからない場所にあった。店に入ると松尾さんと店長の寺島さやかさん、そしてスタッフの竹花帯子さんが迎えてくれた。

ロンドンから「会いませんか?」とアプローチ

駅前を通る環七通りを脇にはいってすぐの、井の頭線の線路沿いにある。

 「出版を始めた時から、本屋をやろうと思ってたんですよ」

 河出書房新社を退職してすぐ、松尾さんはイギリスを旅行した。目的のひとつは、フェミニズム書を扱う独立系の本屋に行くこと。その中のひとつ、大英博物館から徒歩圏内のペルセポネブックスは、20世紀初頭から半ばにかけて、女性によって描かれた本を復刻・再販している。シルバーの外観と同じ色の本が並び、奥の半分がオフィスで、手前の半分が売り場になっている店で、女性たちが本を選んでいた。

 その空気に大いにインスパイアされつつも、1人ではできないと思った松尾さんは、「今度会いませんか?」というメールを、2回ぐらいしか会ったことがなかった寺島さやかさんに送った。寺島さんは下北沢の本屋B&Bのスタッフで、松尾さんは寺島さんのフェミニズム本に対するセンスに、絶大な信頼を置いていたのだ。

 「2017年にB&Bがフェミニズムフェアをやるというので、どんな本があるのか見たくていそいそと向かったんです。棚を見ると最近のものではなく、かつて出版されて埋もれていたエッセイや古典的なものなどが並ぶ、本当に素晴らしいセレクトで。寺島さんに断られたら、店はやらないと決めていたので、会った時に『一緒に本屋をやりませんか?』と言いました」(松尾さん)

右からデザイナーの福岡南央子さん、代表の松尾亜紀子さん、店長の寺島さやかさん、編集&スタッフの竹花帯子さん。

 エトセトラブックスの運命を握っていた寺島さんは、本屋B&Bが2012年にオープンした時からのスタッフだ。チェーン系書店を退職後になぜB&Bを選んだかというと、ズバリ「他よりゆるかった」からだという。

 「別の書店も受けようとしていたのですが、女性はスカートとパンプス以外はNGという服装規定があったんです」(寺島さん)

 本屋の仕事はかなりの重労働だし、立ったりかがんだりの動作も多い。なのにスカートにパンプスをはかせる本屋は、寺島さんによると今もあるそうだ。うーん、書店業界こそ#KuToo(ハイヒールやパンプスの強制に抗議する運動のこと)を知る必要がありそう……。

 「本屋B&Bも、男性中心の社会のなかで運営している新刊書店ですから、女性として壁にぶちあたることがないわけではありません。そのなかで、小さな組織ですし自由度が高い面もあります。今も本屋B&Bとエトセトラブックスの両方で働いています」

 その自由度の高さは、フェアの企画にも反映された。2017年9月に『早稲田文学増刊 女性号』が発売された頃、編集部から関連書籍のフェアを持ちかけられた。その際にブックリクエストを渡されたが、寺島さんはこの機会に、自分なりに考えるフェミニズムや女性同士のつながりを体現できるフェアにしたいと考え、知り合いに声をかけた。

 「C.I.P. Booksの西山敦子さんや、下北沢の古書店『ほん吉』さん、当時下北沢に店舗を構えていた古書店『JulyBooks』さんなどに連絡して、棚づくりに参加していただきました。ほん吉さんは今では手に入りにくい、貴重な本を貸してくださって。私も榛野なな恵さんの『卒業式』『ダブルハウス』、西炯子さんの『双子座の女』などの少女漫画にフェミニズムの文脈でスポットを当てたいという思いがあり、古書で仕入れました。代々木上原の花屋『MAG BY LOUISE』の河村敏栄さんをはじめ、本以外を手掛ける方にも参加してもらっていました」

3月8日の国際女性デーのシンボル・ミモザとミモザカラーの本が並んでいた。

 これまでを語る寺島さんの横に座っていた竹花さんは、エトセトラブックスには当初、編集者として参加していた。現在は編集者兼店舗スタッフとして、両方に関わっている。

 「以前は出版社で働いていたのですが、ずっと本屋に憧れていました。同時にエトセトラブックスに編集の仕事で関わるうちに運動としての本屋を考え始め、私だけでは難しいけれど3人ならできるなと。それに寺ちゃん(寺島さん)のセレクトした棚が大好きだったので、一緒に働きたかったんです」(竹花さん)

週に3日の営業日を、客は目指してやってくる

 そんな話をしていたら、1人、また1人とお客さんが入ってきた。圧倒的に女性が多い。でもなぜ新代田に店を作ったのだろう? 下北沢から近いしライブハウスはあるけれど、あんまり遊びに来る街じゃないし……。

 「何より駅から近い路面店だったことが決め手です。早稲田や本郷などでも探したのですが、ここが一番エキチカで、ちょうどいい物件でした」(松尾さん)

 確かに店から外を覗くと、駅の改札が見えるほどの距離だ。危なくない道を安心して歩けるのは、店で働く人にも客にも大事なことだ。

 現在は新刊約8、古本約2の割合になっていて、絶版になってしまったフェミニズム本も、ここでなら出合える確率が高そうだ。営業しているのは木曜、金曜、土曜の12時から20時とピンポイントなこともあり、噂を聞きつけて目指してくる人が多い。しかし新代田に書店がないので、ふらりと立ち寄る人も増えてきているので、気軽に手に取れる、女性作家による広い意味でのフェミニズム小説なども置こうと考えているそうだ。

エトセトラブックスが手掛けた本も、ばっちり揃っている。

 「ところで今までスルーしてきちゃったけれど、なんでエトセトラ?」

 長らく抱えていた疑問をやっと口にすると、作家の松田青子さんが付けてくれた名前で「etc.=等々」として「その他大勢」扱いされてきた女性たちの、今まで拾われることのなかった声を届けていきたい思いを込めたと松尾さんが語った。

 なるほど、とリアルに膝を打っていたら、また1人、女性がやってきた。エトセトラブックスのロゴマークを作った、デザイナーの福岡南央子さんだった。せっかくなのでロゴマークについて質問してみると、6つの顔が重なった「6人衆」は有名な特定の人物ではなく、この世に存在するフェミニストたち=etc.の象徴なのだと教えてくれた。

フェミニズムはみんなのもの

 エトセトラブックスが復刊した、ベル・フックスの『フェミニズムはみんなのもの 情熱の政治学』 には、「フェミニズムとは、ひと言で言うなら、『性差別をなくし、性差別的な搾取や抑圧をなくす運動』のことだ」とある。とてもシンプルで、とても当たり前のことだと思う。しかし女性が性差別に声をあげると、それが小さければかき消されてしまい、大きければ逆に攻撃されてしまいがちだ。だから二次被害を恐れて黙ってしまったり、「私の言葉なんて」と諦めてしまったりする人は多い。

 また私自身がそうだったのだが、なぜかフェミニズムという言葉に対しては「学問の素地がないと語ってはいけないのではないか」という思い込みにとらわれがちだ。でも性差別をなくすためにアクションを起こすことは、誰にとっても必要なこと。フェミニズムをテーマにした本屋のロゴに描かれた「誰か」は、もしかしたら私かもしれないのだ。

フェミニスト本のイラストも手掛ける安達茉莉子さんのキャラクターが、人々をお出迎え。

 そんなことを思ったら心がじんときて、少しの間、固まってしまった。でもふと目をあげると、寺島さんと竹花さんがそんな私に構わず何やら真剣な表情で、でも楽し気に棚作りに勤しんでいた。この適当な距離感って、むしろ心地いい。実際3人も顔を合わせるのは営業日だけで、あとは各々の業務をこなしているそうだ。

 女性同士が適度な距離でつながることで、やりたいことにぐっと近づいていく。そこで生まれる信頼こそがシスターフッドであり、フェミニズムはアカデミズムやネットの世界だけではなく、すべての空間に必要なもの。笑顔でせわしなく働く3人から「ああ、本屋ってやっぱり本を売るだけの場所じゃない。人生に必要なものも、棚に置かれているんだ」と感じつつ、財布の中身をじっと凝視した。

3人が選ぶ、今オススメしたい本

▼寺島さやか
●『ムーミン谷の仲間たち』トーベ・ヤンソン(山室静訳、講談社文庫)
 ムーミンシリーズの短編集。カバーの透明人間は「見えない子」に登場する女の子、ニンニ。いじめられて育ち、自分を押し殺して透明になってしまった彼女がムーミン一家と過ごすうちに、しだいに自分の姿を取り戻していくさまが嬉しい一編です。ときには厳しい言葉も口にして、闘う姿を常に見せてくれるミイ。付かず離れずでニンニを見守り続けたムーミンママ。それぞれの持ち味を生かしながら一人の女の子をエンパワーするというところが素敵です。

▼竹花帯子
●『<体育会系女子>のポリティクス 身体・ジェンダー・セクシュアリティ』井谷聡子(関西大学出版部)
 日本スポーツ界における女性差別、トランスジェンダー差別や、スポーツを通じて規範化される「日本人」の身体等に迫る研究書。個々にユニークで多様な身体の経験、揺れ動きながら構築される主体性を浮き上がらせる選手たちの語りから、単純化された言説に抗う希望を感じます。「スポーツとフェミニズムの未来を問う」一冊。

▼松尾亜紀子
●『別の人』カン・ファギル(小山内園子訳、エトセトラブックス)
 韓国では2016年江南駅でおきた女性殺人事件の動機が「ミソジニー」だとされ、大きなフェミニズム運動が起きた。その運動を牽引する「ヤングフェミニスト」世代の代表と目される作家が、このカン・ファギルだ。デビューから一貫して女性が抱く恐怖と不安を描き、本作でデートDVを題材に初長編に挑戦した。
 翻訳者の小山内園子さんは社会福祉士として女性の相談に携わっている。その小山内さんから「この物語なら被害にあった当事者に読んで欲しいとはじめて思った」と聞かされ、出版しなければと思った。自分の心身が他者によって脅かされ、「別の人」になりたいと願った経験のあるすべての人に向けて書かれています。

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