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新曜社・清水檀さんをつくった本『思考の腐蝕について』(アントナン・アルトー、ジャック・リヴィエール) 共有不能な言語に捕われて

 アントナン・アルトーは、「狂気の詩人」として、また「残酷演劇」を提唱したことで知られる。ブランショやデリダやドゥルーズ=ガタリ、ソンタグらが彼の精神/身体/生を翻訳しようと試みた。

 老舗文学出版社の編集者J・リヴィエールとの往復書簡であるこの古書と出会ったのは、平均的な高校生だった十六歳のときだ。

 アルトーがリヴィエールに送りつけた詩編について、自社の雑誌に掲載はできないが、作者であるあなたを知りたい、というリヴィエールの一通目。対してアルトーは、自分の詩は「思考することの不可能性」に関係するものであり、また、「ぼくの思考を破壊する何かがある」のだと語り始める。その「何か」について、驚異的に明晰(めいせき)な言語で彼は訴え続けるのだが、編集者が真摯(しんし)に返す言葉とすれ違い続ける。

 ここで交わされていることは、一体、何なのか。

 その後大学生になり、旅先でたまたま出かけたポンピドゥー・センターで、アルトーが描く「孔(あな)だらけの」身体のデッサン展が大々的に行われていたり(1日かけて観た)、就職した出版社では、長いこと中断していた『アルトー選集』の編集を任されたが、錚々(そうそう)たる仏文学者たちが、「面倒な」テキストの翻訳を押し付け合っている姿に少し失望したりした。

 書かれた言葉を「理解」することは不可能だが、それになぜか捕われ続けてしまうような奇妙な体験や、容易には他者と共有しがたい言語があるのだ。今でもこの本をたまに開く。=朝日新聞2021年4月14日掲載

◇しみず・まゆみ 67年生まれ。新曜社で「よりみちパン!セ」などを編集。