1. HOME
  2. 書評
  3. 「中国戦線、ある日本人兵士の日記」書評 一兵卒が記録した総力戦の実相

「中国戦線、ある日本人兵士の日記」書評 一兵卒が記録した総力戦の実相

評者: 戸邉秀明 / 朝⽇新聞掲載:2021年05月22日
中国戦線、ある日本人兵士の日記 1937年8月〜1939年8月侵略と加害の日常 著者:小林 太郎 出版社:新日本出版社 ジャンル:ノンフィクション・ルポルタージュ

ISBN: 9784406062985
発売⽇: 2021/02/13
サイズ: 22cm/313p

「中国戦線、ある日本人兵士の日記」 [著]小林太郎 [編]笠原十九司、吉田裕

 1937年から8年余りに及んだ日中の総力戦。広大な戦場の実相は、なおつかみがたい。一兵卒の従軍日記である本書は、その欠落を埋めてくれる。
 著者は丸2年、南京攻略戦や徐州作戦など、戦争前半の大きな作戦に従い、華北・華中を目まぐるしく転戦する。除隊後、自ら撮った写真を多数貼り込んで記録として残した。その全文と詳しい解説により、戦場を日常として生きた兵士の目線が浮かびあがる。
 当時は珍しい大学出の著者も、「東洋の平和の為(ため)」と戦争目的を疑わず、万歳の歓呼に「勇ましく戦はねば」と自らを鼓舞して出征した。戦闘では敵愾心(てきがいしん)が高揚して、敵の被害を「愉快愉快」と綴(つづ)っている。
 もっとも、日々の大半は警備と行軍、そして「徴発」だ。行く先々で、家畜や農作物を「おみやげ」と称して略奪する記述が続く。戦時国際法に違反する、住民の「使役」や「敗残兵」の殺害と同様、そこに罪の意識は感じられない。
 無謀な戦線拡大を続ける軍部に翻弄(ほんろう)され、疲弊する兵士たち。兵站(へいたん)を疎(おろそ)かにした日本軍は、彼らに「現地調達」を強い、休養を与えず酷使した。人権を無視された者が、以前から蔑視していた中国民衆の生命を尊重するだろうか。被害者を加害者に仕立てあげる、差別の構造が見えてくる。
 解説は淡々とした記述の背後を読み解く。日記には、来簡の差出人や慰問袋の中身が、大事そうに細かく書き上げられた。戦地と銃後の家族をつないだ軍事郵便は、検閲と自己規制を通じて、戦争の建前を国民全体に信じこませた。その指摘に、民衆から軍事史を捉える視点が活(い)きている。
 戦後、生徒の笑いを絶やさぬ高校教師となった著者は、妻や娘にも平等に接し、「できれば人を殺したくなかった」と述懐した。遺族は、「ごく普通の市民」の加害の記録を残した父を、「誇り」という。そう語れる親子の関係こそ、戦後が生んだ貴重な遺産だ。
    ◇
こばやし・たろう 1910~72。▽かさはら・とくし 都留文科大名誉教授▽よしだ・ゆたか 一橋大名誉教授。