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鬼、人形、怪鳥……幻の生き物、奇想を競いあうように次々と エッセイスト・宮田珠己

「以津真天」。頭は鬼、体は竜で羽を持つ怪鳥。「いつまで死体をほうっておくのか」と叫んで人の屍体(したい)を食い破る(『図説 日本未確認生物事典』から)

 このところ鬼や巨人、両面宿儺(すくな)など異形の存在が登場する漫画が立て続けにヒットしている。ほかにも妖怪やお化けなどなど、日本人は空想の生き物が出てくる話が本当に好きだ。特撮番組に登場する怪獣や怪人をはじめ、ポケモンやゆるキャラなど、それぞれに図鑑が作れるほど大量に架空の生き物を生み出し続けている国はそうそうないのではないか。

鬼、人魚、怪鳥…

 架空の生き物好きは何も今にはじまったことではなく、古来日本人は謎の生き物が好きだった。たとえば笹間良彦『図説 日本未確認生物事典』を読んでみると、たくさんの妖怪変化が紹介されていて、鬼や天狗(てんぐ)や人魚や河童(かっぱ)などの有名な化け物、幻獣だけでなく、亀の甲羅から僧の顔が出ている和尚魚とか「いつまでも、いつまでも」と鳴く怪鳥「以津真天(いつまで)」など、あまり聞きなれないものも混じっている。どれだけ突飛(とっぴ)な生き物を思いつけるかアイデアを競っているかのようだ。

 もちろんそうした幻想の生き物が跋扈(ばっこ)していたのは、日本だけではない。中国には『山海経(せんがいきょう)』という古代の地誌があり、そこに無数のふしぎな生き物が登場する。これもまた奇想の一大カタログの様相を呈し、人面で体中に目がある牛のような生き物白沢(はくたく)や、上半身が人で下半身が魚という人魚に似た氐人(ていじん)など、一部は日本にも伝わり寺島良安(てらじまりょうあん)の『和漢三才図会』でも採録されている。

 西洋においても、古くはプリニウスの『博物誌』やアッリアノス『アレクサンドロス大王東征記』、中世にはマルコ・ポーロ『東方見聞録』などの旅行記や驚異譚(たん)に、そうした生き物が描かれている。ホルヘ・ルイス・ボルヘス『幻獣辞典』(柳瀬尚紀訳、河出文庫・1210円)を読めば、ケンタウロスやトロール、クラーケンほか、火中に棲(す)む竜サラマンドラなどわれわれも映画などでなじみのある幻獣が多くいることがわかる。

最後にロボット

 さらに幻想の生き物といって思い出すのは、パンデミック直前の2019年秋に、大阪の国立民族学博物館で開催された特別展「驚異と怪異 想像界の生きものたち」である。世界各国で収集された架空の生き物の絵や人形、仮面が一堂に会した圧巻の展示であった。その内容は今でも図録『驚異と怪異 想像界の生きものたち』で見ることができるが、たとえばマレーシアの先住民オラン・アスリの社会では、死者の霊魂がサルやフクロウやバッタやカブトガニ、カボチャなどの精霊として生まれ変わるとされ、それらの彫像が多数生み出されている。

 またアメリカ南西部のプエブロ諸民族は、植物や動物だけでなく雷や太陽などもカチーナと呼ぶ超自然的な存在として信仰し、擬人化した人形をお土産として売っている。偶像崇拝を禁止しているはずのイスラーム世界にも、預言者ムハンマドが乗って天界へ飛翔(ひしょう)したとされる人面有翼の天馬ブラークの図像が残されているから、どんな文明、どんな文化の中にあっても、人は幻想の生き物なしでは生きていけないのかもしれない。

 ただそれでもなお、現代の日本人はそうした生き物を生み出す性向が際立っている気がするのだ。「驚異と怪異」展でも、日本発の大ヒットゲーム「ファイナルファンタジー」のクリーチャーが取り上げられていた。

 池内紀『幻獣の話』を読むと、さまざまな空想の生き物を紹介する最後にロボットが登場する。たしかに妖怪や怪獣の現代版はロボットや宇宙人になるのかもしれない。そしてその分野においても、日本人は次々と架空キャラクターを生み出している。理由はわからないが、空想癖があるとか、そんな理屈では片付けられないと思うのである。=朝日新聞2021年6月5日掲載