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廃業寸前の料理道具店が大繁盛 数字の呪縛から逃れた「浅草かっぱ橋商店街 リアル店舗の奇蹟」

 ノルマなし、売り上げ目標もなし、営業方針は「売るな」。にわかには信じがたい経営内容で、繁盛している料理道具店が浅草かっぱ橋にあるという。著者である店主が入社した当時、百年続く老舗は廃業寸前。安売りへと舵(かじ)を切るも、品質は二の次になり、客離れはますます加速した。

 苦悩する店主の前に登場したのは、割烹着(かっぽうぎ)姿の料理人。「どれがいちばん軟らかい食感の大根おろしができるの?」。安く売ることだけに目を向け、商品知識が何もなかったことに愕然(がくぜん)とした彼は、自分で道具を試して高価なおろし金へとたどり着く。その後は仕入れた商品をすべて試し、得た知識をブログで発信した。メディアに注目されて売り上げは伸びたが、またもや店は危機に陥ってしまう。社員が集団辞職したのだ。

 度重なる失敗体験を赤裸々に吐露し、いい会社とは何かを考え続けて得た答えが、冒頭の三つの経営方針。「心からお客様を大切にするには、まず数字の呪縛から逃れなければなりません」。ノルマがないから、社員はその人に本当に合う物を、真っすぐ考えられる。ネット通販全盛の時代に、心のこもった人間味あふれるやり取りは、実店舗でしか得られない大きな魅力だ。=朝日新聞2021年6月5日掲載