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リテラシー問われる「彼女は頭が悪いから」 小澤英実さんが薦める新刊文庫3冊

小澤英実が薦める文庫この新刊!

  1. 『彼女は頭が悪いから』 姫野カオルコ著 文春文庫 957円
  2. 『チャリング・クロス街84番地 増補版』 ヘレーン・ハンフ編著 江藤淳訳 中公文庫 902円
  3. 『ブランケット・ブルームの星型乗車券』 吉田篤弘・絵と文 幻冬舎文庫 825円

 (1)二〇一六年に起きた東大生による強制わいせつ事件をモチーフにし、話題を集めた問題作。近年、学歴が生育環境や経済要因に大きく左右されることがわかってきたが、本作ではそこにジェンダーというもうひとつの格差が複雑に絡み事件が起きる。加害者らが被害女性を性欲の対象外と蔑(さげす)み、なぶりものにして虐げた点はあまりに重い。東大のステレオタイプな描写にはバイアスも感じるが、議論を呼ばねば社会は変わらない。この小説をどう受け止めるか。読者としてのリテラシーが試される。

 (2)メールや電子書籍が普及した便利さの陰で、失われたものもある。ロンドンの小さな古書店に勤める男性店員らと、ニューヨーク在住の愛書家の女性とのあいだで交わされた、二十年にわたるほほえましいやり取りをのぞき見るうち、書き手の人となりや、文の行間、手紙の間隔といった、書かれていないことに想像が膨らむ。どんな物語にも負けないドラマチックな交流は、読む人がその空白を埋めてはじめて完成する。

 (3)寒がりの街ブランケット・シティの若いライターであるブルーム氏が、コラム執筆のため、鉄道に乗って各地を訪れる。バターナイフや踏み台といった生活を彩るモノたちと、個性豊かな住人たちが織りなすジャム・セッションに耳を傾け、ゆったりと架空の街歩きに浸りたい。パリッとしたシャツのような手ざわりのページを繰ると、インクの匂いがふわりと広がる。あたたかみのある装丁を味わうのも楽しみのひとつ。=朝日新聞2021年6月12日掲載