サンデルの新刊のテーマは「能力主義(功績主義)」。人はしばしば「努力すれば成功する」との信念を口にするが、幅広い学問分野で指摘され続けてきたように、人の様々な能力は生まれや環境によって大きく左右される。その意味で、出自主義や縁故主義のカウンターとして登場したはずの能力主義も、実際には不公平であると同時に、社会的不満の温床となる。
サンデルは、トランプ現象は「差別主義者の反動」「グローバリズムへの抵抗」といった説明では適切でなく、「リベラル」「エリート」の掲げる「能力主義」への反発こそが核心であるとする。そして、能力主義によって疲弊した有権者たちが欲しがっていたのはただの分配的正義ではなく、自分の社会的役割を実感できる貢献的正義であると見る。そのうえで、「階級に基づくアファーマティブアクション(積極的差別是正措置)」「くじ引き入試」などの実験的提言を行いつつ、社会的な相互承認を可能とする「共通善」の再構築が必要であると説く。
こうした明快な論調は、ポピュリズムを不可解な現象と捉えてきた人などに、なるほどと納得感をくれるかも。他方で、こうした見立てこそ妥当とするデータの裏付けが薄く、これもまた「語り」の一つだと留保をつける必要がある。サンデルに先んじて能力主義の問題を問うてきた、学者やアクティビストを含む「リベラル」「エリート」が不可視化されている点も、割り引いて読んだ方がよいだろう。
本書は〈辛抱強く並んでいた白人中産階級の列に、黒人や女性、移民、難民などが割り込んできた〉という例えを肯定的に引用するが、サンデルが懐かしむ「道徳的絆」「共通善」は、マイノリティーを排除することで成立してきたのも確かだ。この分断を前に、なにを、どのような仕方で「共通善」にできるのかという具体案は書かれていない。課題は残るが、人々がどのような「語り」に共感しているのかを深く学べる一冊だ。=朝日新聞2021年6月19日掲載
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鬼澤忍訳、早川書房・2420円=13刷7万3千部。4月刊。「過酷な競争社会で“解毒剤”となっているのでは」と担当編集者。