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顔とは何か 進化した器官、総動員で発信 総合研究大学院大学学長・長谷川眞理子

緊急事態宣言が延長された初日、マスク姿で新宿副都心方面に向かう人たち=5月12日、東京都新宿区

 新型コロナウイルス感染症の蔓延(まんえん)がなかなか収まらない。ずっとマスクをして暮らす日常が、もう1年以上も続いている。この変化によって、これまで私たちが当然と思っていた事柄を見直す動きが出てきた。

 では、人の顔に関する興味も変わっただろうか? なにしろマスクでは顔がよく認識できない。表情も明らかではない。改めて、私たちが顔に託していた情報に思いを馳(は)せている人たちは多いのではないか。

口を中心に発達

 そこで、今回は顔に関する著作を紹介したい。『「顔」の進化』は、そもそも動物の「顔」という部分がどうして進化してきたのかから始まる。

 顔とは何でしょうか? 植物に顔はない。貝にもない。顔は、自ら動くことのできる動物が、動きながら食物をとることから始まった。だから口が最初。そして、一方向に進む動物では、その先に何があるのか知らねばならないので、目もできる。食べる口の周囲にいろいろな感覚器が集まってできたのが顔なのだ。

 顔は頭部にある。耳、鼻、口の中の歯、頭髪とヒゲ、まつげ、眉毛などの毛。顔は複雑でおもしろい。それぞれの部品がどう進化してきたのか、魚、鳥、哺乳類などの顔がどのようにできているのか、含蓄に富んでいる。

 そして、私たち人間の顔である。ヒトの進化とともに変わっていった私たちの顔。一人一人の違いもあるが、集団ごとの違いもある。その中での日本人の顔は、どうやってできたのか。

 『私の顔はどうしてこうなのか』は、先の本と似たテーマを扱っているが、私たちヒトの顔に、より重点が置かれている。

 赤ちゃんの顔はなぜ「かわいい」と思うのか、男女の顔の違いはなぜできるのか、そして、世界中のいろいろな人々の顔。日本人の顔はどうやってできたのか。

 この2冊とも、顔という、ある意味で日常的に見慣れている部位のさまざまな不思議について、あまり不思議とも思っていなかったような事柄の成り立ちを説明してくれる。

 この2人の著者ともに、顔をめぐる現代の諸問題について、かなり憂えている。顔の特徴の違いが、いわゆる人種差別を生む。しかし、それぞれの顔が作られた過程を科学的に知れば、そんな差別感情を乗り越えられるのではないか、というのが著者らの提案であり、望みだ。

 『「顔」の進化』の著者は、さらに、柔らかくて食べやすい物だけを食べている生活が、いかに現代の若者の歯並びを悪くし、健康を阻害する原因となっているかも指摘している。

にっこり大好き

 さて、顔という人体部位は情報の宝庫であり、赤ちゃんは、驚くほど他者の顔に注目している。そんな研究を長年蓄積してきたのが、山口真美氏だ。『かお かお ばあ』は、研究者である山口氏が作った、ゼロ歳からの絵本だ。

 白黒だけの丸い目から始まって、次には大きく開けた口が出てくる。そして、色もついて「顔」になる。ヒトの目には白目があるから、どっちを向いているかがわかる。そして、次は、口も鼻も眉毛も総動員して表情の表出。やっぱり赤ちゃんは、自分を見てにっこりしてくれる顔が大好きなのだ。

 これは、赤ちゃんの発達研究から作られた、画期的な絵本だ。山口氏は、『赤ちゃんは顔をよむ』(角川ソフィア文庫・649円)や、『自分の顔が好きですか?』(岩波ジュニア新書・946円)など、顔認識に関する一流の研究結果を発信し続けている学者だ。その彼女が作った、0歳児向けの絵本。赤ちゃんからの絶賛がありそうな傑作である。=朝日新聞2021年7月3日掲載