1. HOME
  2. コラム
  3. 文庫この新刊!
  4. 売春街の歴史描く「沖縄アンダーグラウンド」など稲泉連が薦める新刊文庫3冊

売春街の歴史描く「沖縄アンダーグラウンド」など稲泉連が薦める新刊文庫3冊

稲泉連が薦める文庫この新刊!

  1. 『沖縄アンダーグラウンド 売春街を生きた者たち』 藤井誠二著 集英社文庫 990円
  2. 『消された信仰 「最後のかくれキリシタン」――長崎・生月島(いきつきしま)の人々』 広野真嗣著 小学館文庫 726円
  3. 『堤清二 罪と業 最後の「告白」』 児玉博著 文春文庫 770円

 かつて沖縄に「特飲街」と呼ばれる売春街があった。戦後、米軍の駐留を背景に形作られ、今から十年ほど前に「浄化運動」によって消えたという。その街の歴史を描く(1)に凄味(すごみ)を感じた。夜の街に生きる様々な人々――とりわけ沖縄の歴史の闇の中で弱々しく明滅し、消えていこうとしていた女性たちの哀切な物語を、著者は一つ一つ救い出すように聞き取っている。歴史に「声」を刻み付けるとは、このようなことをいうのだろう。次第にそれらの声が沖縄戦後史の大きな流れと交わり、意味付けられるとき、「いま」の見え方が確かに変わっていた。

 (2)は長崎県の生月島に残る「隠れキリシタン」の信仰の現場を歩いたルポ。「長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産」が世界遺産に指定されるも、行政のPR資料からこの島の存在が消えたのはなぜか。その背後にあった論争が興味深い。音だけで伝承された「オラショ」という祈り、表紙にもある聖画「ちょんまげ姿のヨハネ」に、何とも言えない不思議な魅力を感じる。

 セゾングループの元総帥であり、作家・辻井喬でもあった堤清二。(3)はその最晩年のインタビューによって、堤一族の血脈を描いた傑作だ。五人の妻や内妻を持ち、西武グループを一代で作り上げた父・堤康次郎への愛憎。父の事業を継いだ弟・義明との確執、そして、母親たち……。自らの背負った“家族という謎”を、八十五歳にしてなお解こうとするかのような情念に引き込まれた。=朝日新聞2021年7月10日掲載