本当なら今頃、聖火リレーを走っているはずだったのに。5月の緊急事態宣言下、泣きたくなるような思いでネットのトレンドランキングを見ていると、「ザッハトルテ」という言葉が目に留まりました。昔ながらの、どちらかといえば地味なチョコレートケーキが、どうしてネット上で跳ねているのか。
検索すると、オーストリアの首都ウイーンにある、ホテルザッハーのザッハトルテが、期間限定(現在は終了)で全世界送料無料で購入できる、とありました。1832年にフランツ・ザッハーが開発したと言われる、元祖ザッハトルテで、日本では店舗販売されていないとなれば、注文しないわけにはいきません。
ホテルのオンラインショップのページを開き、英語で慎重に入力していきました。いきなりのユーロでの買い物に、クレジットカードのセキュリティロックがかかったりと、なかなか苦戦しましたが、無事、注文完了。確認メールが届いた途端、ワクワク感が急上昇です。
日本からの注文が殺到し、到着までにひと月かかる、とホームページに表示されても、お楽しみの期間が長くなったと捉えれば、それもまた幸せな時間です。ウイーンやザッハトルテについて、調べれば調べるほど、実際に行ってみたくなります。
そして先月末、ついに、ザッハトルテが届きました。東京や大阪といった大都市だけでなく、淡路島まで無料で運んでくれるとは。長旅お疲れさま、と厳重な梱包(こんぽう)を解き、美しい包装紙を丁寧にはがすと、立派な木箱が現れました。ゆっくり開けると、濃厚なチョコレートの香りが、ボフッと空気爆弾のように顔にぶつかり、凝り固まっていたものが、一気に解きほぐされた気分になりました。もちろん、味も抜群です。
この一年半、「コロナのせいで」と嘆きたくなることばかりでしたが、「コロナのおかげで」と初めて思うことができました。こんな粋な計らいをしてくださった、ホテルザッハーに、心から感謝申し上げます!=朝日新聞2021年7月14日掲載