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「星の王子さまの気づき」書評 「なつける」ことは政治的な過程

評者: 阿古智子 / 朝⽇新聞掲載:2021年07月31日
星の王子さまの気づき 著者:周保松 出版社:三和書籍 ジャンル:小説研究・書き方

ISBN: 9784862514257
発売⽇: 2021/06/14
サイズ: 19cm/301p

「星の王子さまの気づき」 [著]周保松

 悩める青春時代、私も『星の王子さま』を手に取った。文学的解釈や哲学的分析を行う数多くの関連本がある中で、台湾、韓国、中国でも出版され、大きな反響を得てきた本書にはどのような特徴があるのか。
 著者の周保松は香港中文大学で教壇に立つ傍ら、社会実践者としてデモにも参加し、学生や市民と対話してきた。雨傘運動の際には逮捕もされており、当時心身がボロボロになっていた時に、『星の王子さま』を読み直したという。
 子どもと大人の違い、友との関係、孤独や死の捉え方、金とは交換できない愛や信頼など、他の類似書と似た観点もあるが、私は「なつけることは、政治的なこと」という、公共領域の活動の意義を論じてきた周保松ならではの視点に注目した。
 「なつける」は「飼いならす」とも訳され、主従関係を感じさせる言葉だが、フランス語の原語は、登場人物の野生のキツネが人間に慣れていくという意味で用いられたのだろう。
 周保松は「なつける」を自分と相手を同時に尊重する、相互的過程と捉える。そして、「なつける」対象は、仕事や信仰・芸術の探求、社会理想の実現など、自分が本気で打ち込めるものなら何でも構わないと述べる。また、互いに等しく尊重し合うためには、公正な社会制度の後押しが必要だと考える。
 「知識人が理想主義を振りかざしている」と、周保松を批判する声もある。しかし、分断された社会で、立場の違う者同士の理解が難しいと分かった上で、自らの無力を受け入れ、他者に寄り添うことも一つの「理解」だという周保松の姿勢に、私はエールを送りたい。
 サン=テグジュペリは、ナチスドイツの時代に『星の王子さま』を書いた。周保松は暴政に晒(さら)され、絶望的な情勢にある中で、「家」を守ろうと立ち上がった愚直で勇敢な香港人たちに、本書を捧げている。
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Chow Po Chung 香港中文大副教授。共著『香港雨傘運動と市民的不服従「一国二制度」のゆくえ』など。