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「カード師」書評 完全に絶望できないという絶望

評者: 石飛徳樹 / 朝⽇新聞掲載:2021年07月31日
カード師 著者:中村 文則 出版社:朝日新聞出版 ジャンル:小説

ISBN: 9784022517586
発売⽇: 2021/05/07
サイズ: 20cm/457p

「カード師」 [著]中村文則

 裏返されたカードの中身を知りたい。それは人間の欲望の本質を表している。本書はそう教えてくれる。それは未来を知ることである。未来を知ることが出来れば、他者を出し抜いて勝者になれる。幸福とは相対的な満足にすぎない、と。
 「僕」はタロットカードの占師。しかし未来を見通す力を持ってはいない。顧客の需要に合わせてカードを仕込み、満足を与えているだけだ。「僕」はポーカーの賭場にも出入りしている。賭博もまた未来を見通す営みだ。未来のレースや配牌(はいぱい)が読めれば勝者になれる。「僕」は奇術で培った手先の技を使って勝利を得る。早い話がイカサマだ。
 「僕」に仕事の依頼が舞い込む。内容はこうだ。佐藤と名乗る投資会社社長の専属占師として彼の懐に入り込み、情報を引き出す――。未来など見通せなくても、危険な香りしかしない仕事だった。「僕」の周囲で様々な人物が次々と怪しげな行動を取り始める。
 だましだまされの駆け引きが面白い。素人をカモろうとしたポーカーのプロが素人を装った上級者に破滅させられたとか。奇術用品店の店主が手品で客を驚かせている間に、客は店の商品をごっそり盗んでいたとか。人をだまそうとしている時、人は最も無防備になるという教訓が得られる。
 人と人とが未来を読み合って一喜一憂しているうちはまだよい。「佐藤」は絶対的な未来を希求するところまで来ていた。「佐藤」は若い頃、ある男に言われる。「人間は、本当は、誰も完全に絶望することはできないんだ。だってそうじゃないか? まだこの世界が、どのようなものかわからないんだから。わからない場所にいるのに絶望なんてできないんだよ」
 一体これ以上の絶望があるだろうか。「絶対」に囚(とら)われた人間は本当に危険極まりない。「佐藤」には彼らしい結末が用意される。しかし「佐藤」に出会ってしまった「僕」はどんな人生を歩めば良いのだろう。
    ◇
なかむら・ふみのり 1977年生まれ。作家。芥川賞の『土の中の子供』など作品多数。世界各国で翻訳されている。