1. HOME
  2. コラム
  3. 文庫この新刊!
  4. 人間の本質際立たせる『鏡のなかのアジア』など新井見枝香が薦める新刊文庫3冊

人間の本質際立たせる『鏡のなかのアジア』など新井見枝香が薦める新刊文庫3冊

新井見枝香が薦める文庫この新刊!

  1. 『鏡のなかのアジア』 谷崎由依著 集英社文庫 616円
  2. 『宝島』(上・下) 真藤順丈著 講談社文庫 上924円 下715円
  3. 『護(まも)られなかった者たちへ』 中山七里著 宝島社文庫 858円

 (1)それぞれ異なるアジアのどこかを舞台にした短篇(たんぺん)集。夫が漁撈(ぎょろう)に出てひとり暮らす女の元に、熊のような髭(ひげ)男が現れる「Jiufenの村は九つぶん――台湾、九份」は、何かがおかしい。女は泣きながらもあっさりと男を受け入れ、まるで何年も暮らしてきた女房のように世話を焼く。しかし男が出て行き、夫が帰ってくると、また元のように夫婦で暮らすのだ。その地に降り続ける細かな雨が世界に紗(しゃ)をかけ、人間の個性を見えにくく、逆に人間の本質を際立たせる。

 (2)1950年代の沖縄で、米軍基地に忍び込み、生活に必要な食料や医療品を盗んでは、貧しい住民に分け与える「戦果アギヤー」。そのリーダーであるオンちゃんが嘉手納基地で消息を絶ち、ヒーローを失った地元民たちは悲しみに暮れた。しかしオンちゃんの生存を信じる仲間たちは、それぞれの人生に進みながらも、闘い続ける。昨今、国民からの信頼が得られない政治家たちに、オンちゃんのような信念と愛はあるだろうか。

 (3)東日本大震災の傷跡が残る宮城県仙台市。福祉保健事務所の課長が、アパートの一室で体を拘束され、餓死していた。社会的弱者を保護する仕事に就き、人からも慕われていたはずの三雲が、なぜこれほど残酷に殺されたのか。震災で家族を護(まも)ることができなかった刑事が、事件の真相に迫る。新型コロナの影響で増えつつある生活困窮者が行政に不満を抱く今、この物語と同じ悲劇が繰り返されないことを願う。=朝日新聞2021年7月31日掲載