1. HOME
  2. 書評
  3. 「あなたにオススメの」書評 コンテンツ依存で人生お留守に

「あなたにオススメの」書評 コンテンツ依存で人生お留守に

評者: トミヤマユキコ / 朝⽇新聞掲載:2021年08月21日
あなたにオススメの 著者:本谷 有希子 出版社:講談社 ジャンル:小説

ISBN: 9784065235263
発売⽇: 2021/06/30
サイズ: 19cm/254p

「あなたにオススメの」 [著]本谷有希子

 収録されているのはコンテンツ依存を扱った2篇(へん)。
 「推子(おしこ)のデフォルト」は、体内に埋め込んだICチップや「須磨後(すまあと)奔(ふぉん)」と呼ばれる新しい通信機器を使い、常時ネットに接続する「推子」が主人公。ドアに手をかざせば鍵が開き、耳朶(みみたぶ)に触れるだけで音楽が流れる。そんな暮らしに順応しきっている彼女には、密(ひそ)かに「GJ」と呼ぶ保育園のママ友がいる。あだ名の由来は「原人」だ。
 GJには「オフライン依存」の傾向があり、チップも埋め込んでいないし、スマホの使用もごくわずか。保育園では子どもを「等質」に育てることを是としているが、GJの息子はみんなと同じように行動することができない「コセー」の強すぎる子として、ちょっと敬遠されている。つまり、GJは推子とは正反対の価値観で生きているのだ。並のコンテンツでは満足できなくなっている推子にとって、GJは貴重な「生もの」コンテンツであり、他の「どんなアプリケーションを開くよりも愉(たの)しみ」になっている。
 ところがある出来事を機にGJがオンライン派への転向を始めてしまう。それにより推子のコンテンツ環境にも大きな揺らぎが生じるのだった。
 「マイイベント」には、自然災害の写真をコレクションする「渇幸(かつゆき)」が登場。
 大規模な台風が迫ったある日、川中の小島に取り残されたコガモを(助けずに!)激写した渇幸は、マンションの高層階にある我が家に戻り、優雅に台風見物と洒落込(しゃれこ)むつもりが、1階に住む知人一家を避難させることになったと妻から告げられる。災害自体は魅力的なコンテンツでも、その巻き添えを食ったプチ被災者はうざい。そう考えた渇幸はある行動に出る。
 コンテンツのお陰で人生鬱々(うつうつ)とすることなく生きられるが、コンテンツに気を取られ過ぎると、自分の人生がお留守になる。バランスよく、なんて凡人には無理。そのことを嫌というほど突きつけられた。
    ◇
もとや・ゆきこ 1979年生まれ。劇作家、小説家。著書に『自分を好きになる方法』『異類婚姻譚』など。