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南杏子「いのちの停車場」 医師で娘、二・五人称の苦悩

 「いのち」は誰のものか。そんな問いかけをいっそう深く投げかけてくる作品である。

 今春、映画「いのちの停車場」に出演した吉永小百合さんと対談する機会があった。在宅医療にかかわってきた医師として、共感できる場面がいくつもあった。その後、原作である本作を読んだが、映画とは違う魅力にあふれていた。

 主人公は、62歳の女性医師。大学病院で救命救急医をしていたが、故郷の金沢に戻り、在宅診療を始める。「救う医療」と「支える医療」の違いに戸惑いながら、老々介護の夫婦やゴミ屋敷で暮らす女性といった、さまざまな患者に出会っていく。

 ぼくは、長野県で在宅診療を行ってきた。在宅診療では、患者さんの生活や人生が最優先され、それを支えるために医療が供される。ノンフィクション作家の柳田邦男氏は、医療者は「二・五人称の視点」が大切と言う。第三者としての医師の視点と、家族としての視点を併せ持つことで、患者さんに対して血の通ったあたたかな専門性を発揮できるという。

 小説の最終章、主人公はその二・五人称の視点ゆえに苦悩する。脳梗塞(こうそく)で半身まひとなり、重度の疼痛(とうつう)症に苦しむ父親が「積極的安楽死」を望んでいることを知り、二・五人称の医師としての考えと、二人称の娘としての思いの間で葛藤する。

 最後に父親は、娘が罪に問われない形で安楽死を遂行するが、途中で、予想外のことが起こる。主人公は、臨終の場面をビデオで撮影し、公にするために自ら警察に通報するところで小説は終わっている。

 この問題提起を読者や社会はどう受け止めるべきか。ぼく自身、担当医だったら、この父親の家族だったら、そして父親自身だったらどうするか考えた。すぐに答えは出せないし、安易に答えを出すべきではない。

 けれども、問い続けることの苦しみは、日本の医療を成熟させていくために重要な痛みだと思っている。=朝日新聞2021年9月4日掲載

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 幻冬舎文庫・781円=5刷13万部。4月刊。映画化され5月から公開。購読者は中高年から高齢の女性が中心。「自分の親の介護やみとりを重ねて読んでいる人が多い」と担当編集者。