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イマニュエル・ウォーラーステイン「史的システムとしての資本主義」 中核と周辺、格差を理論化

Immanuel Wallerstein(1930~2019)。米国の社会学者

大澤真幸が読む

 ウォーラーステインは、「世界システム」という概念を提唱し、これを使って、世界史(特に近代史)を叙述しうることを示した歴史社会学者である。ちょうど二年前に亡くなった。

 世界システムの典型は、中国の歴代王朝のような「帝国」である。諸地域を政治的に統合し、まさに包括的な「世界」を構成した。だがひとつだけ、政治的には統合されていない世界システムがある。「世界経済」(経済的な分業体制)の形態をとった、例外的な世界システムがあるのだ。それが、近代に成立した、西欧を中核とする資本主義的なシステムである。

 16世紀に生まれたこの近代世界システムの歴史を叙述する主著は四巻まで書かれたが、未完に終わった。本書『史的システムとしての資本主義』は、世界システム論の理論部分をコンパクトに説明したもの。

 巨大な商品連鎖として存在する近代世界システムには、「中核/周辺」の分化がある。中核は、周辺を経済的に搾取し、文化的にも優位に立つ。自由な賃金労働が普通なのは中核だけであって、周辺では事実上の強制労働が一般的である。資本主義の本質は、無限の資本蓄積の衝動にあるわけだが、本書によれば、資本蓄積は、必ずしも労働者の生活の向上につながらない。

 「真理はアヘンである」と題された章では、「自由・平等」「能力主義」等の普遍主義的主張が、世界システムの中では、中核地域の利益しか代弁しない、と説明される。ここからは、二十年におよぶアフガニスタンに対するアメリカの介入が何の成果もあげられなかった原因を解く、手がかりが得られそうだ。

 増補版の最終章では、世界システムの将来の可能性について検討されている。われわれの現状を見ると、四半世紀前に予示された悪いシナリオ「民主ファシズム」よりももっと悪い。民主ファシズムは、中核諸国の国民だけが平等で、残りの人間が抑圧されている状態だが、今日では、中核諸国の国民の中にも、極端な格差がある。=朝日新聞2021年9月4日掲載