医学者である養老先生は、「病院ぎらいの愛猫家」としても有名だ。
昨年、その柱を揺るがす大事件が起きた。心臓の病気で大学病院に入院し、そのあと長年の同伴者であった飼い猫「まる」が世を去ったのだ。本書は自身のことばで語られたいきさつに、主治医ともいえる中川恵一氏がわかりやすい解説を加えたとてもユニークな本である。
著者らは症状の変遷や心電図などの検査所見、入院後の治療についてもすべてオープンにしているので、まず科学よみものとしてもおもしろく読める。医療に関心がある人なら、わずかな変化から心臓疾患の存在を疑った中川医師の手腕にうなるだろう。
ただそこは養老先生、健康を回復してからも「原則として医療に関わりたくないという気持ちは今も変わりません」と言い切る。検診などよりも本人が「身体の声を聞く」ことが大切であり、ひとりの人間としてではなくデータの集積として「医療システムの中に取り込まれる」ことには反対だからだ。
第一線で医療に携わる中川医師は、画一的な「診療ガイドライン」に縛られた現代医療の問題は認めつつも、「がん検診は受けたほうがよい」と主張する。無症状のうちに早期発見で治るがんも確実にあるからだ。そのあたり、自分は「養老派」か「中川派」かと考えながら読むのも楽しい。
そして、何より興味深いのは、自分に関しては「なるようになるさ」的な養老先生だが、家族同然の「まる」との別れではそうはいかなかったこと。1日おきに動物病院に連れていき、中川氏に「ネコにはずいぶん手厚い」と言われる。しかし、そこがまたたまらなく人間的だ。
生きることのいとおしさとむずかしさ、医療と人生との関係など、さまざまなものが詰まってる本。漫画家ヤマザキマリさんとの鼎談(ていだん)も入っているのもお得。=朝日新聞2021年9月11日掲載
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エクスナレッジ・1540円=8刷7万5千部。4月刊。中川氏は60年生まれ、医師。東大医学部で養老氏の講義を受けた教え子にあたる。読者層の中心は50代以上で共感の手紙も多い。