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本田靖春作品の気高さ伝える「拗(す)ね者たらん」 稲泉連が薦める文庫3点

稲泉連が薦める文庫この新刊!

  1. 『拗(す)ね者たらん 本田靖春 人と作品』 後藤正治著 講談社文庫 1078円
  2. 『文豪と感染症 100年前のスペイン風邪はどう書かれたのか』 永江朗編 朝日文庫 748円
  3. 『線量計と奥の細道』 ドリアン助川著 集英社文庫 902円

 1955年に読売新聞社に入社し、社会部のエース記者として活躍した本田靖春。(1)は独立後にいくつもの名作を書いた彼の評伝だ。国中を震撼(しんかん)させた「吉展(よしのぶ)ちゃん事件」(63年)を描く『誘拐』、戦後の焼け跡を生きた伝説のアウトロー・花形敬の足跡を追う『疵(きず)』、そして、不朽の代表作『不当逮捕』……。「戦後とは何か」を問う本田作品の通奏低音の響きに耳を澄ませながら、編集者を中心に証言が集められていく。次第に浮かび上がるその輪郭の気高さに、思わず姿勢を正したくなった。

 100年前、世界中で猛威を振るったスペイン風邪を、文学者はどう描いたのか。11人の文豪の小説や日記、随筆を収録した(2)を読み、そこに醸し出される時代の「空気」が、多くの部分で今に通じているように思えた。自粛を強く命じない政府の対応に怒る与謝野晶子、〈胸中の凩(こがらし) 咳(せき)となりにけり〉と句を詠む芥川龍之介。マスクをテーマに人間の複雑な心の裡(うち)を描く菊池寛の短編も興味深い。

 (3)は東日本大震災の翌年、作家で歌手のドリアン助川さんが、松尾芭蕉の『奥の細道』をたどった紀行ノンフィクション。手段は折りたたみ自転車、懐には線量計。それは被災と黙々と向き合う人たちと対話し、葛藤を重ねながら、災後の「忘却」を見つめる旅となっていく。ゆっくりと後景に退く風景の描写がときに胸にしみた。コロナ禍のいま、このような旅が失われたからだろうか。「記録すること」の尊さを感じる作品だった。=朝日新聞2021年9月18日掲載