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「Life Changing」書評 直接的介入と環境激変の終着駅

評者: 行方史郎 / 朝⽇新聞掲載:2021年09月25日
LIFE CHANGING ヒトが生命進化を加速する 著者:ヘレン・ピルチャー 出版社:化学同人 ジャンル:生命科学・生物学

ISBN: 9784759820737
発売⽇: 2021/08/03
サイズ: 19cm/345p

「Life Changing」 [著]ヘレン・ピルチャー

 少々トリッキーな質問から始めよう。いま地球で最も繁栄している鳥は何か。カラスかハトか?
 答えはニワトリだ。本書によれば、世界に220億羽いて、人類で山分けしても1人3羽。数として世界で最も多い鳥類だという。哺乳類全体のバイオマスの96%をウシやブタといった家畜とヒトで占め、野生種は4%に過ぎないという衝撃のデータも紹介される。
 未来の地質学者が、今やすっかり市民権を得た「人新世」(人類が地球に大きな影響を与えた時代)の地層を調べても野生動物の化石は見つからない。代わりに、それまで存在しなかったニワトリという鳥類がこの時代に劇的な「進化」を遂げたことに注目するだろう。なにしろ、この60年間だけでも、ももや胸の筋肉が急速に太り、体重が4~5倍に増えている。
 こうした皮肉やユーモアを交えつつ、人類がいかに地球上の生命の「質」に介入してきたかを、その技術の変遷とともにたどる。
 家畜化や品種改良のような直接的な介入だけではない。19世紀半ばに地下鉄が開通したロンドンの地下空間にすみついた蚊は、もはや地上にいる仲間とは交雑不可能なぐらい遺伝的な距離ができているようだ。
 21世紀になりホッキョクグマとグリズリー(ハイイログマ)の交雑種がカナダで見つかった。温暖化の影響で自然界での接点が生まれた可能性が疑われている。いわゆる種の「壁」も、想像されるほど高くはないのかもしれない。
 行き着く先に何が待っているのか。著者の筆致は強いメッセージ性を帯びてゆく。ただ、終章で言及されるゲノム編集を用いた野生動物の意図的改変は、おそらくまだ賛否の分かれるところだろう。
 「ペットは遺伝子組換(くみか)えオオカミ」という著者紹介をいぶかしく思い、恐る恐る手に取ったが、目からうろこが落ちた。国内ではあまり類書が見当たらないスケールの大きな一冊だ。
    ◇
Helen Pilcher サイエンスライター、コメディアン。ロンドンの精神医学研究所で細胞生物学の博士号取得。