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谷口菜津子「今夜すきやきだよ」 家族の固定観念、軽やかにほぐす

 料理が上手な女性に「いい奥さん(お母さん)になれるよ」。それが褒め言葉だと思っている人がもしいたら、本書を読んで猛省してほしい。

 専門職でバリバリ働く〈あいこ〉は家事が苦手だが恋愛体質で結婚願望あり。売れない絵本作家の〈ともこ〉は家事は得意だが恋愛や結婚に興味がない。そんな対照的な2人が互いの弱点を補い合うべく同居生活を始めて2年。

 利害の一致だけでなく、夕食時の会話が2人の救いとなっている。日々の諸事から生じる愚痴を聞き、絶妙の距離感で元気づける。冒頭のセリフはともこが言われがちなことで、彼女にとっては嬉(うれ)しくない。自分は何もしないくせに「たまには料理作ってよ」と彼氏に言われたあいこは面白くない。そんなときに相手を肯定し称揚する言葉が自然に出てくる関係は美しい。

 料理上手=いい奥さんという固定観念は、彼女らには迷惑でしかない。しかし、彼女らもまた自分の中の「普通」や「理想」に囚(とら)われている。ジェンダー格差や同調圧力、選択的夫婦別姓などの問題を扱いながら、その筆致は軽やか。新しい家族像の提案も鮮やかで、随所に登場する料理はすこぶるうまそう。とりあえず今夜はすきやきだ!=朝日新聞2021年10月2日掲載