1. HOME
  2. コラム
  3. 編集者(が/を)つくった本
  4. 編集工房ノア・涸沢純平さんがつくった『北園町九十三番地 天野忠さんのこと』 二人の絶妙な間、文の芸に

編集工房ノア・涸沢純平さんがつくった『北園町九十三番地 天野忠さんのこと』 二人の絶妙な間、文の芸に

 編集工房ノアは、これまで、山田稔さんの本を、18冊つくっている。その一冊。

 サブタイトルにあるように、1993年84歳で亡くなった京都の詩人・天野忠さんのことを書いている。書名は洛北の細い路地を入った小さな平屋の詩人の家の所番地。一冊まるごと天野さんだが、これは伝記でも詩論でもない。帯文に「散歩の距離で描き」とあるが、知り合ううち、お互いの著書を郵便ポストに直接入れ合う。やがて、「わたしは何時(いつ)でもヒマですさかい」と家に招かれる。

 天野さんが書斎にしている三畳の和室。文机、障子に笹(ささ)の葉影が揺れる。私もひかえて座ると一杯になる。「天野さんは酒が飲めない」からか「ウィスキーをドボドボと」「ビールのように注ぐ」というおもてなし。

 天野さんは座談の名人でもあった。好きな作家の話、古い映画とその時代、身近な人々の話、思うところなどつきなかった。かけがえのない時間、天野さんも楽しかったのだと思う。

 山田さんは、何度か天野宅で過ごした時間、天野さんが話したこと、書いていることから、人物像を静かに見詰めて綴(つづ)る。讃(さん)ではなく少し引いたところから。詩の引用も解明ではなく、あくまで味わう。

 私は天野さんの本も出して来たが、その詩のありどころを示していると思う言葉「庭は便所の窓からみるのがよろしいな。庭が油断してますさかいに」、という比喩を含んだ二人の絶妙の間合い、文の芸なのだ。=朝日新聞2021年10月6日掲載

 ◇からさわ・じゅんぺい 75年、編集工房ノア創業。著書『遅れ時計の詩人』。