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細田守監督の映画「竜とそばかすの姫」 傷ついた者ゆえ、ヒーローに

「竜とそばかすの姫」は全国で上映が続いている=筆者撮影

 山間に住む高校生の鈴が、仮想世界〈U(ユー)〉でアバター「ベル」に変身し、「竜」と呼ばれる荒くれものと心を重ねる。「竜とそばかすの姫」は、細田守監督の3年ぶりの長編アニメ。ディズニーアニメ「美女と野獣」(1991年)を思わせるが、本作のテーマは「心に傷を負った者たちが現実に立ち向かう」というものだ。

 〈U〉で大人気の歌姫となったベルが、自分を拒絶する竜を気にかけるのはなぜか。それは鈴が、竜と同じく「傷ついた者」だからだろう。鈴は幼い頃、見知らぬ子どもを助けるために川に飛び込んだ母を亡くした。さらに、インターネットに書き込まれた母への悪口に触れてしまう。塞ぎ込み、ベルという現実とは異なる姿を得るまでは、歌えなくなっていた。

 竜の背中には多くのアザがある。ベルにはそれが、〈U〉の住人たちからぶつけられた悪意によってできた傷に見えた。竜と初めて話したベルは「本当に傷ついているのはここね」と彼の胸を指す。アザも、鈴とベルのそばかすも「心の傷」を表している。

 ネットでは竜の正体探しが過熱し、竜は〈U〉で正義をうたう自警団に追い詰められる。さらに竜の正体である現実世界の「ケイ」に危機が迫り、鈴は本人の居場所を探し出すことを決める。背中を押してくれたのは、親友や集落に住む年の離れた歌仲間だ。

 本作がネットというモチーフを使って描くのは、匿名の悪口といった「悪意」だけではない。ベルは竜を探すために、傷つけられるかもしれないリスクを承知で、鈴という本当の姿を〈U〉で見せる。鈴の姿で歌う様子に、竜を悪く言っていた住人たちも涙を流し、一緒に歌い始める。人間の善と悪はコインの裏表で切り離せない。

 傷は「ヒーローの証し」とも捉えられる。作中では、竜だと疑われた野球選手が手術の痕を見せ、「この傷が自分を強くしてくれた」と語る。竜自身もまた、子どもたちから、意地悪な大人に立ち向かうヒーローと見られていた。物語の終盤、ケイを守る鈴についた傷もそのひとつだ。

 鈴は竜のために歌う瞬間に母を思った。人の痛みがわかる経験をした誰もが、誰かを助けるヒーローになり得るのだろう。=朝日新聞2021年9月28日掲載