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早見和真「店長がバカすぎて」 本が好き、でも書店の仕事は

 「店長って、いつからバカになるのかって思ってさ。不思議。バカだから店長になるのか、店長になるからバカになるのか」

 わたしも書店チェーンで店長だった時期があるから、この台詞(せりふ)にはドキリとした。そう、〈店長〉って店長であるだけで、なぜか陰口を叩(たた)かれバカにされてしまう哀(かな)しい存在なのだ。

 架空の書店、〈武蔵野書店〉吉祥寺本店を舞台にしたこの作品は、どうやって取材したの?と思わせる、リアルなディテールの積み重ねにより成り立っている。出版社からの報奨金に踊らされる嫌な季節、「カリスマ書店員」の立ち振る舞い、大物作家の来店時、関係者からなる大名行列……。どこを読んでも「それ知ってる見たことある」と、その時の売り場やバックヤードの空気までが手に取れるように感じられるのだ。本を尊いものとして奉らず、本にまつわる現実に、人というものの面白さや一筋縄ではいかないところを見る姿勢が、同じ時代を生きる一人としてとても共感できた。

 本書がいまの空気を存分に含んでいるのは、主人公の書店員が「契約社員」であることからも明らかだ。実際全国にある書店の多くは、契約社員とアルバイトの頑張りにより成り立っている。本が好きでこの仕事を選んだが、責任ある仕事を任される一方、給料や待遇は一向に変わることがない。この本に登場する書店員たちも、仕事への愛着は持ちつつ、鞄(かばん)の中にはいつも退職届をしのばせている。

 しかし物語の終盤、主人公は出版界の変わらない現状をつぶやいたあとこのように続ける。

 「昔より本が売れなくなったとしても、本はおもしろくなり続けていると思うんです」

 わたしはここを読み深く頷(うなず)いた。いまこうしている間にも、作家や編集者、出版社の営業担当、書店員など本に関わる多くの人が、それぞれの持ち場でベストを尽くしあがいている。みんな本が好きなんだ。疾走感、笑い、謎解きなど数多くの魅力を含んだ一冊です。=朝日新聞2021年10月9日掲載

    ◇

 ハルキ文庫・759円=7刷10万部。8月刊。19年に単行本が刊行され、20年の本屋大賞にノミネート。版元によると、主人公に共感する30、40代女性が多く手に取っているという。