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酒村ゆっけ、さんがハイボールに恋した日々

大好きでした、ハイボールを心の底から。

 一番好きだった。今の私があるのはハイボールのおかげだと思っている。酒の場でハイボールが隣にあるだけで得られる安心感は、毛布に包まれた赤子が安らかに眠るときと同じだろう。

 出会いは、新宿の歌舞伎町。当時大学生、たまたま予定があり都内まで出ていて暇を持て余していた。空はまだ明るい。雨上がりのアスファルトは少し湿っていて、雨特有の香りがこもっていた。

 常に金欠だった私は、今日も家電量販店のマッサージチェアでひとまず休憩するかとふらふら新宿を彷徨う。そんな時、ひっそりとハイボール100円と書かれたボロボロの張り紙を見て足を止めたんだった。お通しには味付けたまご、メニューには昔ながらのナポリタンや赤ウインナーの揚げ物など食欲をそそる。財布の中を確認し、ソフトドリンクよりもハイボールの方が安かったので頼んでみた。

 その頃はあまりハイボールを飲んだことがなく、そもそも味が好きではなかった。しかし、安いし誰かが太らないと言っていたのでとりあえず飲んでいた。不思議なことに、飲めば飲むほど味への抵抗は薄れていく。そこから、なんとなくの関係で毎回ハイボールと会うようになった。

 唐揚げが山盛りの晩酌、眠れなくて少し寂しい夜、記憶に残らない飲み会、沢山の日々をハイボールと過ごした。好きにならないと思っていた独特なウイスキーの風味がいつのまにかに好きになっていた。

 調子に乗って濃いめにして、いつも以上に酔っ払った日にハイボールに恋してるんだと気付いた。朝帰りのまだ誰も人がいない静かな帰り道、朦朧とした頭を覚まそうと深呼吸したときの街の空気が新鮮だった。徹夜で勉強して挑んだウイスキー検定、合格した時にハイボールとの距離が一気に縮まり私は彼のことを酒彼氏から酒旦那と呼ぶようになった。

 酒日記の動画をはじめた時も、初めてのエッセイを出版したときもハイボールがそばにいてくれた。けれど、日頃から愛に永遠はないと多くの映画が教えてくれるように、私たちの恋にも賞味期限が迫っていた。完全に私のせいだ。

 ハイボールと出会う少し前の酒彼氏・ビールが私の前に再来したのだ。身体の相性が悪く、別れたはずがアメリカの奇跡的なサプリによってその壁を乗り越えられる日が来てしまったのだ。日常に刺激を与えてくれるビール、日常に安定を与えてくれるハイボール。2本が目の前に現れた時、私は安定を捨て本能のままビールと恋の逃避行に出てしまった。馬鹿だ、ハイボールと寄り添えば太ることもないしサプリなんかに頼らず幸せになれたのに。それでもこの想いは止められない。

 こうしてハイボールとの一つの恋は幕を閉じた。許されないことはわかっているけど、大好きだったことは真実として伝えたい。元恋人として。