小澤英実が薦める文庫この新刊!
- 『新しい時代への歌』 サラ・ピンスカー著 村山美雪訳 竹書房文庫 1650円
- 『つみびと』 山田詠美(えいみ)著 中公文庫 792円
- 『本は読めないものだから心配するな』 管啓次郎著 ちくま文庫 990円
パンデミックと爆弾テロの影響で、人々が仮想空間にしか集えなくなった世界を描く(1)は、コロナ禍前に書かれたのが信じられないほどいまを写し取りながら、テクノロジーと共存する数歩先の未来で私たちがどう生きるかを問う。法権力に逆らってライブで歌い続けるミュージシャンのルースと、彼女をバーチャルライブにスカウトしようと奮闘する新人社員のローズマリー。女性ふたりが世界を変える、パワフルなシスターフッドの物語になっているのもポイントだ。
現実に起きた二児置き去り死事件を題材にした(2)は、語りえぬ女の物語を語るという困難な責務に挑む。加害者とその母による交互の語りが、母娘で受け継がれる虐待の連鎖や、父親や夫たちがいかに彼女らを損なったかを炙(あぶ)り出す。虚実や因果や罪と罰、それらのあわいに踏み留(とど)まり、誰もがなりえたかもしれない母親の物語として描ききった力業に圧倒される。
(3)本好きの胸を鷲掴(わしづか)みにするタイトルだ。評論だったり日記だったり、話題も語り口もさまざまなテクストがシームレスに繋(つな)がる、濃密でいて風通しのよい文章を読む体験は、さながら岩肌や泥土やコンクリートと変わる地面を歩きつづけているよう。翻訳について考えていたはずが、気づけば未知なるパンの味を夢想し、次の瞬間には不思議な花が咲きほこる野原にいるといった具合に、文章が五感をフル稼働させる。生きることとまさに一体になった、全身運動としてのワイルドな読書の実践書だ。=朝日新聞2021年12月4日掲載