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「夜が明ける」書評 理不尽な日々 闇の中にある光

評者: 押切もえ / 朝⽇新聞掲載:2021年12月18日
夜が明ける 著者:西 加奈子 出版社:新潮社 ジャンル:小説

ISBN: 9784103070436
発売⽇: 2021/10/20
サイズ: 20cm/407p

「夜が明ける」 [著]西加奈子

 「悪人善人というのはない。人には美しい瞬間と醜い瞬間があるだけだ」。そんなエピグラフから、胸の痛む話になるのではないかと予想できた。
 物語に描かれるのは貧困や虐待、過重労働、あらゆるハラスメントや誹謗(ひぼう)中傷など、現実社会のなかで確実に存在する問題ばかりだ。リアリティーあふれる表現に時折頁(ページ)をめくる手が止まりかけ、自分が深刻な現実から目を背けていたことに気づかされる。
 主人公の「俺」は15歳の時に、母親から虐待を受ける吃音(きつおん)のアキこと暁(あきら)と出会う。やがて「俺」はテレビ制作会社に就職し、アキは劇団に所属する。けれど待ち受けていた理不尽の連続に、2人とも心身ともに疲れ、壊れていってしまう。
 「俺」の名前は最後まで明かされない。読者の一人一人が「俺」なのだというように。長編の前作『i(アイ)』もそうだったが、暁をはじめ登場人物の名前には意味が込められているように思う。
 「先輩には、先輩のために、声を上げてほしいんです。苦しいときに、我慢する必要なんてないんです。それって誰が得するんだろう?」。終盤、「俺」が疎んじてきた後輩の森が思いを吐露する場面に、読後まで胸が高鳴り続けた。
 作中にその名が登場する1990年代に活躍したラッパー・2PACが、音楽で貧困や差別を訴え、世界を変えようとしていた姿に、主人公、そして著者がだんだん重なって見えてくる。著者は「当事者でもない自分が、書いていいのか」と葛藤を抱えつつ全力を尽くして書いたという。巻末に「この小説に関しての責任は、全て著者にあります」と記す覚悟に息を呑(の)んだ。
 カバーを外すと現れる著者による装画は、闇の中の暁(あかつき)が印象的だ。壮絶な日々の中、美しい心を持ち続けたアキの心のような光。そしてその下に優しく広がる森の影も。
 「きっと今が夜明け前の一番暗い時だ」と信じることができる小説だ。
    ◇
にし・かなこ 1977年生まれ。作家。著書に『サラバ!』(直木賞)、『さくら』『きいろいゾウ』など。