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「もういちど、あなたと食べたい」書評 亡き人々の仕草と言葉を鮮明に

評者: 押切もえ / 朝⽇新聞掲載:2022年02月26日
もういちど、あなたと食べたい 著者:筒井 ともみ 出版社:新潮社 ジャンル:エッセイ

ISBN: 9784103807032
発売⽇: 2021/12/22
サイズ: 19cm/252p

「もういちど、あなたと食べたい」 [著]筒井ともみ

 映画「それから」や「失楽園」「阿修羅のごとく」、またテレビドラマでも数々の名作を手がけてきた脚本家である著者のエッセー。惜しくもこの世を去った人々と、「もしもういちど一緒に食べるなら」と思いを馳(は)せてゆく一冊だ。
 登場するのは著名な方ばかり。小説『食べる女』を始め、食にまつわる作品も書かれている著者の、「食」を通した人との関わり方も興味深かった。
 松田優作さんが個性的な指で慎(つつ)ましくつまむにぎり寿司(ずし)や、樹木希林さんに作り方を伝えた玄米の味噌(みそ)雑炊。著者が苦手なキムチ鍋の材料を持参する深作欣二さんなど、それぞれの方の人柄やエピソードに合った(または合いそうな)品々は、文字上でも味わい深い。
 精緻(せいち)な観察眼で捉えられたスターたちの細かな仕草(しぐさ)や熱を持った言葉は、いきいきとしていて、時に映像作品に勝るほど美しく、温かい。選ばれた食は、豪華で特別なものばかりかと思えばそうではない。宅配ピザやコンニャク、チャチャッと野菜の炒め煮……など素朴で親しみやすい味の話が多い。
 意外性、そして光と影。それが本書全体の魅力だといえる。
 人や食に漂う繊細さと荒々しさ。粗野かと思えば品があり、影があるからこそ明るく輝く、というような筆致。それは、俳優のいる特異な家に育ち、なりたいと思ったことはなかったのに導かれるように脚本家になり、丁寧にお仕事を続けられてきた著者の生き方とも重なる。本書が、食という「生」の行為と「死」を同時に描いていることに気づいたのは、少し頁(ページ)が進んでからだ。
 とりわけ好きなのは夏目雅子さんの章。短い話だけれど、夏目さんの豪胆でチャーミングな生き方が鮮やかに印象に残った。
 読後、著者が関わった映画を夢中で観(み)た。本書で思い入れ深く書かれた場面や、食事の場面から目が離せなかった。
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つつい・ともみ 1948年生まれ。脚本家・作家。著書に『食べる女』『舌の記憶』『おいしい庭』など。