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「清少納言がみていた宇宙と、わたしたちのみている宇宙は同じなのか?」書評 文理融合で世界の不思議に誘う

評者: 須藤靖 / 朝⽇新聞掲載:2022年02月26日
清少納言がみていた宇宙と、わたしたちのみている宇宙は同じなのか? 新しい博物学への招待 著者:池内了 出版社:青土社 ジャンル:自然科学・科学史

ISBN: 9784791774401
発売⽇: 2021/12/20
サイズ: 19cm/270p

「清少納言がみていた宇宙と、わたしたちのみている宇宙は同じなのか?」 [著]池内了

 私の知る範囲で最も文学に造詣(ぞうけい)の深い天文学者が著した本書は、まさに天文学である。と同時に、科学と文学の豊富な知識を駆使しつつ縦横無尽に世界を解きほぐす内容を「新しい博物学」と名付けた気持ちもよく理解できる。
 ハワイに設置されている日本のすばる望遠鏡は、枕草子の「星は すばる」という有名な一節にちなんで命名されたものだ(全国公募をした結果約3500通の応募があり、著者は命名委員の一人だった由)。
 その一節に続く「ひこぼし。ゆふづつ。よばひ星、すこしをかし」を糸口として、七夕伝説、金星、流れ星が登場する文学が紹介される。万葉集、漢詩、古事記、源氏物語、日本書紀、梁塵秘抄の後に、谷村新司でまとめたのも心地よい。
 「じしゃく」の章も同様だ。古今東西の磁石の歴史に加えて、磁石が歌舞伎と狂言に登場していたとは全く知らなかった。そんな巧みな文学的序に続けて、磁石が鉄を引きつける性質を量子力学の「スピン」から説明する。地球が巨大磁石であると述べた後、北極星と羅針盤の北とがずれていることを初めて正確に記録したのはコロンブスだと書いてあったのにも驚いた。
 文学と科学を往復しながら展開し発展させるこのスタイルのなかに、著者らしさがあふれている。
 ぶらんこ、しんじゅ、かつお、ふぐ、ほたる、たけ、あさがお、ひがんばな。物理、海の生き物、陸の生き物の身近な例として選ばれたこれらにまつわる珠玉の雑学を通じて、文理融合の博物学の世界へと誘(いざな)われる。
 特に、鰹(かつお)のタタキの旨(うま)さを科学的に論じた箇所は、高知県人の私には必読だった。次の帰省で戻り鰹を堪能するのが待ちきれない。
 本書をどれだけ熟読しようと、金儲(もう)けどころか生存に役立つ知識は何一つ得られない。にもかかわらず、心地よい満足感に包まれてしまう。それこそが世界の不思議さを味わわせてくれる天文学の魅力なのかも。
    ◇
いけうち・さとる 1944年生まれ。名古屋大名誉教授。本書は『天文学と文学のあいだ』(2001年)の増補新版。