小澤英実が薦める文庫この新刊!
- 『平家物語 犬王の巻』 古川日出男著 河出文庫 693円
- 『平安ガールフレンズ』 酒井順子著 角川文庫 682円
- 『愛について アイデンティティと欲望の政治学』 竹村和子著 岩波現代文庫 1782円
(1)室町時代、観阿弥・世阿弥に比肩する人気と実力があったと目される実在の能楽師・犬王。歴史に埋もれたその天才が、希代の語り部・古川日出男の幻視によって現代に再誕する。平家物語の知識は不要。盟友である盲目の少年・友魚(ともな)とともに芸能の道を極めていく、ロックな友情物語に古典のイメージが覆されるはず。本書原作のアニメ映画は今夏の大本命だが、跳ね駆けうねる文体のグルーヴをぜひ小説で体感したい。
(2)のエッセイも、古典文学を一気に身近にする一冊だ。名仲介人たる著者の絶妙な作品紹介を通して、清少納言や紫式部ら千年前に活躍した五人の女性作家の人間臭い等身大の姿が立ち上がる。恋愛やキャリアや老いに悩み、ガールズトークでストレスを発散するさまは、よくも悪くも他人とは思えない。千年の隔たりを味方にして、孤独な人ほど心を開ける良書である。
(3)二〇一一年に五十七歳でこの世を去った、日本のフェミニズム・クイア理論の第一人者による渾身(こんしん)の著。言語と物語がかたちづくる人間の心と性を、文学研究者ならではの精緻(せいち)な読みで鋭利に粘り強く思考し、「愛」という感情や関係を成り立たせるイデオロギーに斬り込んでいく。一般書のように平易ではない。私自身、一文一文をなぞり書くようにして読む、けっして読み終えるということのない本だ。近年のフェミニズムの運動実践の高まりに、理論的思索が置いていかれぬよう、著者のバトンが未来に継がれていくことを切に願う。=朝日新聞2022年2月26日掲載