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「都市を上映せよ」書評 宮殿の夢 もう一つの夢で出現

評者: 生井英考 / 朝⽇新聞掲載:2022年03月12日
都市を上映せよ ソ連映画が築いたスターリニズムの建築空間 著者:本田 晃子 出版社:東京大学出版会 ジャンル:技術・工学・農学

ISBN: 9784130611435
発売⽇: 2022/01/25
サイズ: 20cm/273,16p

「都市を上映せよ」 [著]本田晃子

 20世紀の芸術潮流で最も重要な五指、いや三指に入るのがロシア・アバンギャルドであることについて大方の異論はないだろう。
 日本では過去40年間に一般の関心も研究も格段に進んだが、建築分野は八束はじめ『ロシア・アヴァンギャルド建築』を例外に、比較的緩慢な歩みだった。
 それを更新する新世代のひとりが本書の著者。伝説の建築家レオニドフのアンビルト建築論でデビューした建築史家である。
 アンビルトとはなんらかの理由で実現しなかった建築案のことで、最近では鈴木佑也『ソヴィエト宮殿』が詳細に論じたスターリン時代の巨大建築案もこれに入るが、本書の妙味は映画に目をつけた点にある。
 実際、映画と建築は相性がいい。映画のセットは建築物だし、架空の建物や街も登場する。本書はそんなアンビルトが、現実には非在でも映画内では実在するという逆説に注目する。
 ことにスターリン体制下で二転三転のあげく実現しなかったソビエト宮殿は社会主義リアリズムに忠実な監督メドヴェトキンの宣伝映画「新しいモスクワ」や、ソ連製ミュージカル喜劇のアレクサンドロフ「輝ける道」に、前衛から古典主義へ後退したソ連公式芸術の形象のごとく姿を見せる。
 映画は「建築の理想を、夢を、映し出すメディア」だが、ここでは「本来の建築空間が包含する矛盾や齟齬(そご)、断絶を排除し」た「夢の空間で見られたもうひとつの夢」になっているのである。
 終盤の二つの章ではスターリン批判後から現代までのソ連/ロシア映画に現れるモスクワの地下鉄駅の描写を通して、冷戦後には公式文化の「批判的サブカルチャー」だったものが、父権主義の復活しつつあるいまでは「二一世紀の新たなヒロイズムの物語」に転化しているという。
 その結論部に、思わずウクライナ侵攻のニュースを連想するのは、おそらく評者だけではないだろう。
    ◇
ほんだ・あきこ 1979年生まれ。岡山大准教授。著書に『天体建築論 レオニドフとソ連邦の紙上建築時代』。