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「探花」書評 組織の誇り 醜さと闘ってこそ

評者: 石飛徳樹 / 朝⽇新聞掲載:2022年03月19日
探花 (隠蔽捜査) 著者:今野 敏 出版社:新潮社 ジャンル:小説

ISBN: 9784103002611
発売⽇: 2022/01/19
サイズ: 20cm/334p

「探花」 [著]今野敏

 第1作が世に出て既に16年余り。山本周五郎賞の第2作『果断』を頂点にしつつも、安定したクオリティーを保ち続けている。積年のファンにとって、入庁同期の警察官僚、硬派の竜崎伸也と軟派の伊丹俊太郎はもはや実在の人物である。
 警察庁の課長だった竜崎は、第1作の最後で大森署長に左遷された。第8作からは神奈川県警刑事部長の任にある。今回の事件は米軍の横須賀基地近くで起きた殺人だ。同じ時、神奈川県警に竜崎と同期の八島圭介が赴任する。捜査が進むにつれ、事件は徐々に八島の過去と結びついていく。
 このシリーズ最大の特徴は、組織という難物の描き方にある。近年、組織の弊害が叫ばれ、組織にとらわれない自由な働き方が称揚されるようになっている。
 合理主義の塊である竜崎もまた、警察の硬直した規則や慣習と闘っている。例えば「気を付け」をして彼を出迎える部下たちに「立たなくていい」と毎度注意する。増える一方の書類作成への苛立(いらだ)ちなど、組織に属する読者なら、思わず拍手を送りたくなる。組織の不合理の描写は容赦ない。
 ただし、竜崎は規則や慣習が不要だと言っているのではない。それらが生まれた時には合理的な理由があった。ところが、いつの間にか元の理由が忘れられ、愚かな人間によって、形式的に守ることのみが要求される。竜崎はその経年劣化を正そうとしているのだ。
 組織に長くいる人間は、規則や慣習を墨守するのを当たり前に思うようになっている。彼らが竜崎と接するうちに原点に立ち返る。第1作から繰り返されるモチーフだ。今回、捜査員全員が立ち上がって竜崎に敬礼する場面がある。読んでいて涙してしまった。儀礼でなく実体を伴った敬意だったからだ。シリーズの長寿の秘密は、組織で働くことの誇りや面白さを思い出させてくれる点にある。そしてそれは、組織の醜い部分を徹底批判して、初めて芽生えてくるものである。
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こんの・びん 1955年生まれ。『隠蔽捜査』で吉川英治文学新人賞。同シリーズで2017年に吉川英治文庫賞。