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甲羅文庫(千葉) 「しょんぼりしたままでもいい」 社労士×古本屋店主が目指す、無理に前向きにならなくてもいい居場所

 2026年前半、巷をもっとも騒がせた話題はワールドカップ、ではなくニホンザルのパンチくんだと主張したい。千葉県の市川市動植物園で生まれたパンチくんは育児放棄の憂き目に遭い、IKEAのオランウータンのぬいぐるみを母代わりに慕ってきた。その姿が世界中で大バズりし、現在も人気継続中だ。

 実は私はまだ、パンチくんにお目にかかれていない。しかし千葉県市川市には、大学時代の恋人が住んでいた。上京してすぐにできた友人の多くも千葉県民だったこともあり、かつてはよく足を運んでいた。そんな個人的いきさつにより今回は千葉県市川市の、甲羅文庫を訪ねることにした。実に数十年ぶりに降りる総武線の市川駅。かつての恋人が「ここでカツアゲされそうになってさあ~」と笑っていた薄暗い駐輪場はもはやなく、再開発されきった駅前ロータリーを目にして、時代の流れを痛感してしまった。

まさにThe一軒家。思いきって扉を開けると、そこには甲羅文庫が。

予約制の一坪本屋から、「皆が集まれる場所」を目指して

 甲羅文庫は市川駅から歩いて5分ほどの場所にあるようだが、うーん、見つからない。地図が指し示す雑貨店わきの、どう見ても私道の路地を進むと大きく「本」と書かれた平屋が見えた。

 玄関扉をノックする。中から店主の吉田重治さんが迎えてくれた。靴を脱いで中に入ると台所(キッチンではない)の奥に、6畳ほどの和室があった。部屋の壁際と押し入れに、2000冊よりは少し少ない在庫が並んでいる。古本7、新刊3程度の割合になっていると、吉田さんが教えてくれた。

吉田重治さん。名入りのちょうちんは昨年、「すみだ錦糸町河内音頭大盆踊り」に協賛した時のもの。

 54歳になったばかりの吉田さんは、生まれは東京都ながら父親の転勤により、千葉県船橋市で育った。船橋と言えば、多くの人が船橋市立船橋高校、通称市船を思い浮かべる。まさにサッカー王国船橋で育った『キャプテン翼』世代ではあるものの、スポーツとは無縁の学校生活を送っていた。中・高と千葉県内の学校に通い、都内にある大学の歴史学部に進学した。

「それまで千葉県内でことが足りていたので、大学生になって初めて、新宿や池袋に行ったんですよ。歴史学部を選んだ理由は、縄文時代に興味があったから。10代の頃は、貝塚を見に行ったりしていました」

当時見つけた縄文時代に作られた土器のかけらは、今も大事にしている(下の本は私の購入候補)。

 卒業後は船橋市内の地域情報を掲載する、タウンペーパーの広告営業として働くことになった。再び千葉が活動の拠点となったかたちだ。7年ほど働き、区切りがついたと思った2002年に会社を辞めた。

「次のあてがあったわけではないので、失業保険の給付後はアルバイトをしていました。たまたま求人誌で見かけた、104番号案内のオペレーターをしていたんですよね」

 NTTの番号案内は、電話番号がわからない人の名前と住所を言うと、オペレーターから番号を教えてもらうことができるというサービスだった。日本で電話が実用化した1890年から続いてきたが、スマホの普及や個人情報保護意識の高まりなどにより、2026年3月で幕を閉じた。

 吉田さんが働いていた頃はまだスマホもなく、IT黎明期だったことから、深夜担当ながらひっきりなしに電話がかかってきたと振り返る。

 3年近く続け、やはり区切りがついたと感じたことから、社会保険労務士と行政書士の資格を取るべく、学校に通い始めた。無事合格したが、しばらくはオペレーターと士業の、二足のわらじ生活をしていた。が!

「平日の日中は自分の事務所で社労士と行政書士として働き、深夜にオペレーターをしていたのですが、さすがに昼間眠くなってしまって。これでは本末転倒だと気づいたんです」

 自身を知ってもらうべくDMを作ったり、異業種交流会に参加するなど、積極的に宣伝活動をしたこともあり、なんとか食べていけるようになった。吉田さんは士業を始めて10年経った2017年3月にふと、ひと箱古本市に足を運んだ。

「これが楽しかったので、自分も出店する側になりました。古本市イベントに参加しているうちに、本業でかかわる世界と違うところに、自分の場所を作りたいなと思うようになって」

 千葉県内での古本市を主催するまでになったものの、2020年に入るとコロナ禍により、イベント中止を余儀なくされた。そこで思い切って、リアルな居場所を作ってみようと思った吉田さんは、不動産会社のホームページをチェックして物件探しをスタート。ほどなくして場所的にも予算的にも折り合う、千葉県市川市市本八幡にあるビルの一室を見つけた。

「ここがまた駅から距離のあるビルの4階で、広さは1坪しかありませんでした」

 しかし屋上に出れば景色が見渡せるし、おひとりさま予約制の1坪本屋は、ある意味コロナ禍にはうってつけとも言えた。1000冊ほどの在庫を抱えた屋根裏部屋的スペースを、興味深く訪れる人が増えていった。

「狭いながらも面白かったのですが、コロナ禍が落ち着いてくると『やっぱり、人が集まれる場所を作りたい』と思うようになりました」

誰かの家に遊びに来た感覚に陥る、六畳一間。ちなみに奥に貼られたポスターはピンクレディ。

本を買わずとも、本と時間を過ごしてもらいたい

 2022年12月、本八幡と並行して千葉県松戸市のみのり台で、ことばのある場所 甲羅文庫を始めた。Kamebooksは新刊がメインで、甲羅文庫はスペースがある分、古本と新刊、ZINEなどバラエティを広げた。また人々が集まれるように、六畳ひと間の和室にちゃぶ台を置いた。が、しかし……。

「自宅から便利な場所だったので松戸にしたのですが、本八幡との行き来が大変だったんですよ。だから2024年に両方クローズして、今の場所に移転しました」

 たしかにみのり台から本八幡は、京成線とJRを乗り継いで30分以上かかる。2004年3月に両方とも閉店し、3か月後の2024年6月から、今の場所で、市川で、ほんとひとやすみ 甲羅文庫を始めた。店名の由来は「亀が好きで、気づけば7匹の亀と暮らしているから」と語る吉田さんによると、kamebooksは古本市など本にまつわる活動全般の総称で、実店舗を甲羅文庫としているそうだ。

精神障害者支援センター謹製のオリジナルコーヒーは、その場で淹れてもらうこともできる。

 2026年8月まで、倉庫を兼ねて借りることになっている本八幡から、セレクトして移動させた本も多い。とくにジャンルにこだわりはないものの、「新自由主義から一歩離れた視点で描かれた本」が多いと、吉田さんは言う。

「士業を通して生活にお金が欠かせないことや、資本主義的な消費に楽しさがあることもわかっています。ヒッチハイクして世界を渡り歩く貧乏旅行は、もう年齢的にも厳しいですし。でも人間にとって大切なのは、お金だけじゃないですよね。だから売れる本ではなく、自分が置きたい本を置いています」

新刊はしんどさや生きづらさ、ケアに関する本の品揃えが厚めに。

 靴を脱いであがる和室の心の良さもあり、最長で6時間近く滞在した人もいると、吉田さんが教えてくれた。「ほんとひとやすみ」は本andでもあり、本withでもあるという。

「子供の頃から本屋によく行っていたのですが、それはお金もなくて友達も少なく、とくに趣味もなかった自分にとって、居心地の良い場所だったから。だからここに来て本を買わずとも、本とともに時間を過ごしてもらえればと思っています」

 ふらりと立ち寄る人もいることはいるが、住宅街の本屋とあって、訪れる人の多くが甲羅文庫を目指してやってくる。SNSで告知している「開甲予定」には、トークイベントだけではなく「インスタントカレーmix」や「 死者を想う夜」など、一見しただけでは何をするかわからないものも満載だ。イベントは基本的に吉田さんが企画しているが、回を重ねていくうちに集まる人同士の間に、繋がりが生まれているのがわかると吉田さんは言う。だからといってその繋がりを強固な関係に落とし込むことも、吉田さんは望んでいない。

「僕は誰かと一緒にいても、ふと一人になりたくなることがあるほど一人のほうがラクで。イベントに集まる皆さんも、その場では明るく見えてももしかしたらしんどさを抱えているかもしれない。日頃つながっていない、甲羅文庫で顔を合わせるだけの関係であれば、本音を言い合えるかもしれない。なんなら何も話さなくてもいい。それぞれのしんどさを尊重するために、甲羅文庫をどんな場所にしていくかを考え続けています」

 しょんぼりしたままやってきて、しょんぼりしながら時間を過ごせる場でありたいと吉田さんは言う。誰かがしょんぼりしている時に、つい「元気出せよ!」と言ってしまったりするけれど、明るく前向きだけが人生とは限らない。しょんぼりしたまま固い甲羅の中で、じっくりしょんぼりと向き合う時間だって必要だ。だから万年とまで言わないけれど、亀のようにじっと静かに、長く続く場所であって欲しいと願いながら帰途についた。

誰かが誰かの「あとちょっと」を支援する、「ごち本」チケットという制度が。私も参加してきたので、誰か使ってくれると嬉しい。

吉田さんが選ぶ、元気にならずとも心が満たされる3冊

●『「できなさ」からはじまる倫理学』野崎泰伸(大月書店)
できる事の多い人を見ると、羨ましく思ってしまう。でも、できなさから見えてくる他者との非効率な関係性の中にこそ僕が本当に欲しいものがある気がする。できなくても良いと思わせてくれた本。

●『死ぬまで落ち着かない 六十年生きてみてわかった人生のこと』鶴見済(太田出版)
良い大人になると、しっかりしないといけない。落ち着かないといけないと思ってしまうけれど、中高年になっても迷っても良いし、悩んだって良い。少しだけ中高年になるのが楽になるような本。

●『レシートの旅 1』塔島ひろみ
ミニコミ誌『車掌』の企画から始まったZINE。道端に落ちているレシートを拾い、レシートの店に行き、レシートと同じものを買う。その途中でレシートを拾って、その店まで行く旅。行く先がわからない魅力満載です。

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