ISBN: 9784753103683
発売⽇: 2022/02/01
サイズ: 20cm/500p
「歴史のなかの朝鮮籍」[著]鄭栄桓
日々増加するウクライナ難民。日本も本格的な受け入れを迫られている。だが難民認定の少なさや、死者まで出す収容所の劣悪さなど、従来の政策体系のままで対応できるのか。戦後日本の外国人政策は、朝鮮半島出身者とその子孫である在日朝鮮人の処遇をもとに作られた。その歴史をふまえずに、適切な解は得られない。
なかでも朝鮮籍は、処遇の複雑な実態と不条理を象徴する。在留カードや外国人統計の国籍欄にある「朝鮮」とは、「何らの国籍を表示するものではない」。これが日本政府の一貫した説明だ。なぜ異例の名称が生まれ、続いたのか。本書は、東アジアの国際政治と在日朝鮮人の葛藤との絡まり合いを通じて、この謎を解きほぐす。
敗戦後も、旧植民地出身者は日本国籍の縛りから解放されず、同時に外国人登録令の対象となる。この時、戦前の朝鮮戸籍をもとに、国籍ならぬ出身地表示として朝鮮籍が誕生する。日本政府は矛盾に満ちた使い分けで、植民地支配の責任を先延ばしにした。
冷戦下、朝鮮半島に二つの国家ができると、矛盾はさらに深まる。韓国は「在外国民」の確定を目指し、日本に韓国籍を認めさせた。以後、外国人登録証の国籍欄の記載が、南北いずれの政府を支持するかの踏み絵となっていく。
それでも1950年代には、約60万の在日朝鮮人の過半が朝鮮籍を維持した。韓国籍になれば、徴兵や強制送還の恐れがあったからだ。韓国籍を強要する自治体窓口への抵抗が日本政府から譲歩を引き出し、朝鮮籍は存続する。
在日朝鮮人は、朝鮮籍をどう受けとめたか。北朝鮮公民を自認する者だけでなく、「何(いず)れの国籍をも押しつけられることを望んでいない」、統一した朝鮮の意味を託した人々もいた。日本国籍を望んだ例も含め、国籍選択に込められた多様な思いが、裁判記録や民族団体の資料から浮かびあがる。
だが北朝鮮は、朝鮮籍をあくまで「共和国の国籍」とみなし、民族団体を通じて護持を訴えた。日本政府も、韓国を牽制(けんせい)する手段として朝鮮籍の曖昧(あいまい)さを利用した。日本・韓国・北朝鮮、いずれも自国の都合で朝鮮籍を解釈し、朝鮮人の人権は顧みなかった。
著者は朝鮮籍を、国家の理不尽に押し流されぬように、自己の尊厳を守ってきた「錨(いかり)」だという。永住権の付与や韓国の民主化で、状況が様変わりした今なお、3万人近い朝鮮籍保持者がいる。無国籍状態で、韓国との往来も難しい「足枷(あしかせ)」を、なぜ手放さないのか。むしろ答えるべきは、「錨を必要とする状況を作り出してきた者たち」ではないか。私たちが他者に開かれた社会を今度こそ築けるかは、この問いへの応答次第だろう。
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ちょん・よんふぁん 1980年、千葉県生まれ。明治学院大教授(朝鮮近現代史、在日朝鮮人史)。一橋大大学院社会学研究科博士課程修了。著書に『朝鮮独立への隘路(あいろ)』『忘却のための「和解」』など。