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「イントゥ・ザ・プラネット」書評 生きる喜びを求めて潜り続ける

評者: 宮地ゆう / 朝⽇新聞掲載:2022年04月09日
イントゥ・ザ・プラネット ありえないほど美しく、とてつもなく恐ろしい水中洞窟への旅 著者: 出版社:新潮社 ジャンル:紀行・旅行記

ISBN: 9784105072513
発売⽇: 2022/01/14
サイズ: 20cm/315p

南極の氷山の下、ユカタン半島のシンクホール、ケイマン諸島の小さな泥沼−。洞窟ダイバーで水中探検家、作家、写真家、映画監督である著者が綴る、酸素も光も届かず人間の侵入を拒む…

「イントゥ・ザ・プラネット」 [著]ジル・ハイナース

 タイトルのとおり、地球の深部に潜り、死と隣り合わせの世界を生きてきた探検家の半生記。多くの仲間の死に圧倒されるが、読後に残るのは喪失感ではない。死の近くで際立つ、生きることへの貪欲(どんよく)さだ。
 カナダのグラフィックデザイナーだった著者は、都会の生活に飽き足らず、ダイビングを始める。やがてプロのダイバーとなり、水中洞窟に潜るようになる。
 洞窟ダイビングは、ふつうのダイビングとは別物だ。狭くて暗い内部は迷いやすく、何か起きてもすぐに水面には出られない。命をつなぐ器材を体の一部にして、目を閉じても潜れるほどの技術が必要になる。
 訓練を積んだ著者は、水深100メートルを超える洞窟や、10時間近い潜水も行うようになる。90年代半ばにはメキシコで巨大な水中洞窟の調査を率い、当時としては世界最長の56キロに及ぶ探査を行った。その後も、南極の氷山のクレバスに潜るなど世界的ダイバーになる。一方で、女性の探検家としての苦悩や葛藤も、正直に明かしている。
 水中洞窟では、いくら緻密(ちみつ)に計画しても、一瞬の不注意や恐怖心が命を奪う。そうして亡くなった場所に近づける人は、互いを知る一部の熟練ダイバーだけだ。ある洞窟で死を覚悟した著者は、自分の遺体を回収する人が迷わないよう出口への印をつける。この世界を表す強烈な場面だ。
 なぜそこまでして危険に身を投じるのか。著者の答えは明快だ。だれも見ないものを見て、体験できないことをする。それが生きる喜びを生み出すからだと。
 著者が探査したメキシコ・ユカタン半島の水中洞窟のごく一部に、私も潜ったことがある。暗闇に広がる幻想的な空間に身を置いた体験は消えることがない。
 安全や効率、生産性といったものと離れたところに、豊かな生の実感を得ることもある。同意するかはともかく、世界を見渡せば生きる上での価値観はいかに多様か、改めて感じた。
    ◇
Jill Heinerth 1965年生まれ。洞窟探検家、水中探検家、作家、写真家、映画監督。映画の技術指導も務める。