1. HOME
  2. コラム
  3. 文庫この新刊!
  4. ぽんこつっぷりが切なくて熱い「燃えよ、あんず」 新井見枝香が薦める新刊文庫3冊

ぽんこつっぷりが切なくて熱い「燃えよ、あんず」 新井見枝香が薦める新刊文庫3冊

新井見枝香が薦める文庫この新刊!

  1. 『燃えよ、あんず』 藤谷治著 小学館文庫 1034円
  2. 『ハレルヤ』 保坂和志著 新潮文庫 539円
  3. 『かか』 宇佐見りん著 河出文庫 594円

 (1)下北沢にある小さな書店「フィクショネス」を舞台に、店主と常連客たちが愛すべきぽんこつっぷりで繰り広げる、切なくて熱い物語。と、ひと言で表現すれば存在しないかのように見える人間のダークサイドが、実はこの物語を動かしている。しかしそんなもの、あってもかまわないのだ! 新婚で夫に先立たれてから顔を見せていなかった元常連客の久美ちゃんが、十数年ぶりに現れたことで、ぽんこつたちはとんちんかんに動き出す。みんなの目的はただひとつ。久美ちゃんを幸せにしたい。

 (2)谷中の墓地で子猫を拾う「生きる歓(よろこ)び」や、その片目猫との別れを書いた「ハレルヤ」などを収録した短篇(たんぺん)小説集。言葉を持たない生き物と共に生きるということは、それ以外のことで、相手の思いや概念を想像する貴重な経験だ。擬人化ではなく、猫という生き物をごく自然に尊重する主人公らが、私たちに気付かせることはあまりにも本質的で尊い。

 (3)19歳の浪人生である「うーちゃん」が、独特の稚拙さや甘えを感じさせる言葉で、弟の「みっくん」に語り掛ける物語。「ババ」から愛情をもらえなかった「かか」が「うーちゃん」を産んだ。しかし「とと」は浮気をして出て行き、老いた「ババ」はもう「かか」を娘と認識できない。静かに〈はっきょう〉していく「かか」に対して、「ババ」にも「とと」にもなってあげられない「うーちゃん」の心に湧く想(おも)いは、母が娘に対して抱くそれと同質の、掛け値なしの愛情だ。=朝日新聞2022年5月21日掲載