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「爆弾」書評 心の底に突き刺さる強烈な威力

評者: 藤田香織 / 朝⽇新聞掲載:2022年05月28日
爆弾 著者:呉 勝浩 出版社:講談社 ジャンル:小説

ISBN: 9784065273470
発売⽇: 2022/04/20
サイズ: 20cm/425p

「爆弾」 [著]呉勝浩

 凄(すさ)まじい衝撃である。
 発売直後から、凄(すご)い! 深い! 面白い! とざわつく声が地響きのように鳴り続けているが、「爆弾」の威力は想像以上に強烈だ。
 酔った勢いで酒屋の自動販売機を蹴りつけ、止めに来た店員を殴り逮捕されたスズキタゴサク四十九歳。警察も〈立件する意欲はない〉ほど些細(ささい)な傷害事件の加害者であるスズキはしかし、取り調べの最中に〈刑事さんの役に立つ〉予知を伝える、と言い出した。
 確証のある裏情報などではない。ただの霊感、閃(ひらめ)きのようなものだと述べながら、次々と都内で発生する「爆発」を予告。その予言どおりに秋葉原と東京ドーム付近で爆破事件が発生する。所轄署で、のらりくらりと取り調べを受けていた小太りの冴(さ)えないチンケな傷害犯スズキは、連続爆破テロ事件の容疑者かつ無差別に都民の命を狙う爆弾魔と目され、警察は目の色を変えていく。
 ところが、シビアな状況に反し、スズキタゴサクはともすれば無邪気にさえ映る態度でペラペラと身の上話や過去を語り、対峙(たいじ)する警察相手にゲームやクイズを持ちかける。この会話に何の意味があるのか。出題されるクイズの「正解」は何なのか。そもそもこの男は本当に爆弾魔なのか。翻弄(ほんろう)されながら、その真偽を、そこに潜む本心を知りたいと乞い、やがてスズキタゴサクに魅入られていることに気付かされる。
 多視点で描かれる物語が恐ろしいのは、そうした得体(えたい)の知れなさだけではない。読みながら、自分の心の奥底にある、差別や偏見、憎悪や悪意に対峙(たいじ)し、羞恥(しゅうち)を抱くこともあるだろう。個人的には、爆発現場付近に居合わせた、ある人物が動画を撮影する場面の「よみ」で、自分の腹黒さを痛感させられた。
 事件そのものの真相にも大いに揺さぶられるが、作中に仕掛けられた爆弾によって飛散した欠片(かけら)が読み手の胸に突き刺さる。忘れられない痛みになりそうだ。
    ◇
ご・かつひろ 1981年生まれ。『スワン』で日本推理作家協会賞など。『おれたちの歌をうたえ』ほか多数。