「それで君の声はどこにあるんだ?」書評 叩けよさらば 実践と深い思索
ISBN: 9784000237451
発売⽇: 2022/05/12
サイズ: 19cm/207p
「それで君の声はどこにあるんだ?」 [著]榎本空
日本に暮らす人々にはあまり馴染(なじ)みがないであろう黒人神学に魅せられ、マンハッタンのユニオン神学校の門を叩(たた)いた青年がいる。
「研究者になりたいと思っていたわけではないし、アカデミックな世界に惹(ひ)かれていたわけでもない」のに、ジェイムズ・H・コーンに学ぶべく博士課程を受験し、結果が不合格と知るや留学生のプログラムに応募。なにが彼を突き動かしているのか。それが知りたくてページをめくると、キリスト教と黒人とアメリカを巡る物語が幕を開ける。種類としてはエッセーなのかもしれないが、私小説のようでもあり、研究ノートのようでもある。不思議な(しかし快い)読み心地。黒人神学について知らずとも先を読みたくなる。
「キリスト教神学とは解放の神学である」と述べたコーンは、キング牧師とマルコムXを学問的・精神的な支柱としながら、黒人神学を切り拓(ひら)いてきたスターだ。テンションが上がると机をどんっ、どんっと叩き、「自分の声を見つけなさい」と繰り返す。パワフルな師と意欲的な学生たちは、熱を帯びた共同体を形成していく。学問の場としてこれほど理想的なものはない。私もこんな風にゼミがやれたらいいのに、と己の未熟さを嘆いてしまった。
しかもここでの学びは、教室の中で完結する知的遊戯などではない。ブラック・ライヴズ・マター運動が拡大し、ドナルド・トランプが大統領になったアメリカで、黒人がどのように生きるべきかという問いに突き動かされた学生たちが、次々とデモや集会に参加し、声を上げていく。外国人留学生という名の部外者になってしまいそうな著者もまた「私が立つべき足場はどこにあるのだろう」と考え、黒人の悲劇を消費して終わらないよう、誠実に寄り添い続けている。
ちょっぴりユニークな留学体験記かと思いきや、より善く生きることをめぐる深い深い思索へと導かれる。得がたい読書体験だ。
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えのもと・そら 1988年生まれ。米ノースカロライナ大博士課程在籍。訳書に『誰にも言わないと言ったけれど』。