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正常と異常が揺らぐ、強烈な短編集「生命式」など新井見枝香が薦める新刊文庫3冊

新井見枝香が薦める文庫この新刊!

  1. 『生命式』 村田沙耶香著 河出文庫 693円
  2. 『焔(ほのお)』 星野智幸著 新潮文庫 693円
  3. 『傑作はまだ』 瀬尾まいこ著 文春文庫 715円

 (1)正常と異常が揺らぐ、強烈な短編集。「生命式」は、故人の肉を食べながら男女が出会い、セックス=受精を行うことで死から新しい命を生む、という新しい葬式。人肉を味噌(みそ)味の鍋にして囲むなど物語の世界でも信じられない蛮行だが、少子化が深刻化し、人類が滅亡の危機に晒(さら)されれば、国から生命式に補助金まで出るのである。状況が変われば常識は変わり、人々がそれに順応していけることは、今を生きる我々が体感として知っている。刻々と変容していく正しさに、一体どれほどの確かさがあるのか。

 (2)九つの燃え上がる焔のような短編集。「木星」は、大学卒業以来、十年ぶりの再会に喜んだのも束(つか)の間、丸子はアカネに、まるで知らない人と会話をしているような違和感を抱く。しかしそれはアカネも同じで、帰り際に挨拶(あいさつ)もせず、踏切の向こうに消えてしまった。会社でも浮いた存在だと同僚に知らされた丸子は、自分の正しさに不安を抱く。そして恋人のワンルームで知る、現実のようなものは、木星のようにじっと、最初からそこにあった。

 (3)何の前触れもなく訪れた初対面の息子、智(とも)。酔った勢いで一度だけ関係を持った美月(みつき)が、ひとりで産んで育てた子だ。養育費を振り込むだけで、子供にも美月にも興味を持たず、家に籠(こ)もって物語を書き続けた50歳の小説家は、飄々(ひょうひょう)とした25歳の息子が家に転がり込むことで、人の善意と優しさに気付いていく。光に溢(あふ)れた傑作は、これから紡がれるだろう。=朝日新聞2022年6月25日掲載