1. HOME
  2. インタビュー
  3. 料理が教えてくれたこと
  4. 鳥羽周作さんの原動力、料理で人をハッピーにする

鳥羽周作さんの原動力、料理で人をハッピーにする

『食べたいから作る!鳥羽周作のとっておきごはん』より(発行 小学館)

【レシピはこちら】

鳥羽周作さん「私の一品」 誰でも簡単に美味しく作れる「万能お米でパラパラチャーハン」

料理は人を幸せにする手段

――ここ数年で、街中やテレビなどで鳥羽さんや「sio」の名前を見かけることが一気に増えました。一人のシェフとしての範疇を超えるほどの活躍ぶりです。いったい、そのパワフルな原動力はどこから来るんでしょうか。

 神様に選ばれちゃったのかなって思っていて。お前しかいないだろう、と。ひとことで言うと天職なんですよ。あと誰よりも好きなんだと思います。

――それは料理や食に関することが好きってことですか。

 料理や食そのものというよりかは、料理や食を通して誰かを幸せにすることを毎日やっていることが好きなんですよね。こんなにいいことってないじゃないですか。

 料理って、人を幸せにする手段だと思うんですよ。料理のそういうところに僕自身も魅力を感じていて。自分は料理自体も好きなうえに、たまたま人よりも料理というものに没頭できる人間だから、相性もよかった。それと、単純に誰かのために料理を作って食べて喜んでもらうという場面を幼少期から見ていたというのもあって、それが自然と身についているんですよね。

――鳥羽さんが料理好きになったのは、やはり家族の影響が大きいと?

 父親が洋食屋で働いていて家のご飯はうまかったし、外食に行くにしても「焼肉ならここ」みたいなこだわりの強い家だったんで、その影響は大きかったと思います。僕自身も、「この弁当屋ならチキン南蛮」「焼きそばを作るならマルちゃん一択」「うまい棒ならチーズ味」みたいな、そういうのが全部自分の中で決まっていました。食へのこだわりは強かったと思いますね。

 小学生の頃からサッカーをやり始めて、練習が終わると友だちが家に来て親父が作ったごはんを食べていたんですよね。そうやって料理で人をもてなしたり、みんなで一緒にごはんを食べたりするのが好きな家族でした。

『食べたいから作る!鳥羽周作のとっておきごはん』より(発行 小学館)

――鳥羽さんの記憶にある初めてちゃんと作った料理は、中学生のころに家庭科の調理実習で作ったミートソースだそうですね。そこでもこだわりが発揮されていたようで。

 そうですね。中1か中2の時の調理実習でレシピ通りに作ったんですけど、うちのミートソースはちょっと甘めだからと、砂糖を足しちゃいました。レシピとか、そういうルールの中じゃなくて、自分のおいしいを既に信用していたんだと思います。

目指したのは“動”の料理本

――ルールなどの決まり事よりも自分の感覚を大事にしているんですね。新著の『食べたいから作る!鳥羽周作のとっておきごはん』も、いわゆるレシピ本のイメージとは違って驚きました。まず、本がフラットに開くのは本当に便利です!

 料理を作っている人じゃないと出てこない発想かもしれません。レシピ本を見ながら料理を作るときに、途中で本が閉じちゃうのって本当に面倒臭いですよね。閉じないように携帯電話を重石みたいに置いたりとかしちゃって。それって、本を見て作ってくれる人に対して優しくないと思うんです。だから、お金や手間がかかってもフラットに開くようにしたかった。今回の本のこだわりの一つです。

 本を手にして料理を作ってくれる人への配慮というか、想像力ですよね。紙の厚さも含めて。結局、料理も「これくらいの大きさで(食材を)カットした方が食べやすいよね」とか、食べる人を想像しながら作るもの。本作りも料理といっしょってことなんです。

――それと、いい意味でレシピ本らしくないのが、料理写真や調理写真だけじゃなくて、おいしそうに食べている人の写真も一緒に載せているところです。これも鳥羽さんのアイデアなんですか。

 これは制作チームのみんなで話し合ったうえで出てきたアイデアです。既にカッコいいレシピ本や素晴らしい料理家さんたちがたくさん存在する中で、同じことをやってもあまり意味がないかなと思っていて。

 僕はYouTubeで、自分で料理を作って自分で喜んで食べているんですけど、それって当たり前のことなんですよね。自分で自分が好きなものを作って、好みの味にして食べてうまいっていうのは。だけど、その「食ってうまい!」ってところには、これまでの料理本ではあまりフォーカスされていない気がしたんですね。料理写真も俯瞰で撮っている感じとか、“静”の料理本という感じで動きがないように思えて。だから今回の僕の本は、そこから「おいしい」という熱が出ているような“動”の料理本にしたかったんです。

――カラフルで見ていて楽しいし、かなり食欲をそそられるしで、エモかったです。レシピ本の中でも新しい試みだなと思いました。

 1冊目のレシピ本(『やさしいレシピのおすそわけ #おうちでsio』)がオーセンティックなものだったから、2冊目の今回はちょっと違うものをやりたかった。めっちゃ売れなくてもいいから、こういう新しい価値を提案したいという思いがありましたね。

『食べたいから作る!鳥羽周作のとっておきごはん』より(発行 小学館)

――1冊目と比べると、かなり振れ幅がありますよね。

 そういう振れ幅があるのは、「鳥羽さんって結構クリエイティブ」「こんなこともやるのか」とか、いろんな見え方をした方がいいと思っているからです。

300円の弁当にも同じ熱量で

――振れ幅といえば、鳥羽さんの歩んできた道もかなり振れ幅がありますよね。小学生の頃から始めたサッカーでプロを目指しながら、小学校の先生もやって、そこから料理の世界へ。鳥羽さんの人生哲学が詰まった『本日も、満席御礼。』(幻冬舎)によると、サッカーが恥ずかしがり屋だった自分を変えたそうですが、料理は鳥羽さんにどんな変化をもたらしたんでしょう?

 生きる意味を教えてくれたかな。僕は生きる意味を料理に見出しているような気がします。

 僕がやりたいことって、そんなにたくさんないんですよ。会社を上場させて100億円作りたいとか、有名になりたいとか、そういうのは興味ないんです。やりたいことって言ったら、人をハッピーにすること。そのための手段が僕には料理しかなかったというだけなんです。

――だから、モットーが「幸せの分母を増やす」なんですね。この考えに至ったのは?

 「sio」のロゴデザインをしてくれたデザイナーの水野学さんが講演会でこんなことを言っていたんです。カッコいいデザインはできるけど、みんなに好かれるデザインが尊くてもっとカッコいいとか、サザンオールスターズやビートルズといった時代を超えて多くの人に愛される存在こそカッコいいと。そんな話を聞いて、自分のレストランはミシュランで星を獲って予約が取れない店って言われているけど、食べている人の数自体は少なくないか? と思いました。例えばiPhoneみたいな、みんなが好きで使っているような存在、そういうところを意識したいなと思ったんですよね。

 それを意識するようになってからは、お弁当やコンビニの商品開発なども含めて、みんなが食べるもの全部をおいしくしようと思うようになりました。だから、2万円のコース料理も300円のお弁当も同じ熱量でやっています。料理で人を幸せにできれば、料理自体はどんなものでもいいんです。みんなが食べるものをおいしくして、幸せにする。僕がやりたいのは、シンプルにそれだけなんです。

『食べたいから作る!鳥羽周作のとっておきごはん』より(発行 小学館)

幸せの分母を増やす

――コロナ禍で世の中全体が変化を余儀なくされました。鳥羽さん自身は何か料理に対する思いに変化はありましたか。

 コロナ禍になって、いろんなものに限りがあることにみんな気づいたと思うんですよね。以前のように気軽に外食できないってなって、急にそれが愛しくて尊くなっちゃう。限りができたことで、「(おいしいものを)食べる」という行為に対しての優先順位もすごく上がったんじゃないかな。そういう状況で、料理人ができること、食で人を助けることってめちゃくちゃあるなって気づいたのは大きかったです。レストランで料理を作ってお客さんを待っているだけが料理人の仕事じゃないなと思って、SNSで「#おうちでsio」のハッシュタグでsioのレシピを公開したり、デリバリーを始めたりしました。「幸せの分母を増やす」ことに対しての思いがより強くなりましたね。

 コロナをきっかけに大事なものがいろいろ変わっていったけど、常にお客さんが求めているものを作るというスタンスは一貫して変わっていません。喜んでもらえる場所がたくさん増えたという認識ですね。

――いまでは仲間も増えて組織としても大きくなっています。今後は食を通じてどんなことに取り組んでいきたいですか。鳥羽さんの野望を教えてください。

 シンプルに言うと、食で世界一の会社になるってことと、食におけるすべての領域をやるということ。食における全ての領域で、いろんな関係を作っていきながら関わっていければ、いちばん幸せの分母が増やせると思うんです。それくらいシンプルなビジョンの方がわかりやすくていいじゃないですか。人が多くなっても共有しやすいし、何をやるか、やらないかの判断基準にもなる。あとはそれで、人が幸せになるかどうかだけです。

 とはいえ、こうしたビジョンを本当の意味で浸透させていくのは大変ではあります。仲間たちに広まっていく時に一旦濃度が少し薄まりつつも、濃くもしていかなければならない。そういうゆり戻しのようなものの繰り返しの中で、ちょっとずつ積み上げていく作業なんですよね。気が遠くなるほど時間がかかることはわかっているけど、やらないことにはそれが埋まらないことを知っているからやるんです。

 それと「幸せの分母を増やす」というベクトルを外側だけでなく、一緒に働いているスタッフや家族など内側にも向けていかないといけないという思いもあります。現実的には十分にはできていないんですけどね。でも、そういうできていないことにも、めげずに立ち向かって少しでも良くしていく努力は毎日ちょっとずつでもしていきたいと思っています。絶対にあきらめたくないんです。

――とても大変なことだとわかっていながらも、どうしてあきらめずにいられるんでしょうか。

 サッカーで成功できなかったからじゃないですかね。残された人生をかけてやるべき仕事に出会ったからこそ、次はちゃんとやり抜いて生きたいと思っているから。失敗したからこそ、わかったことだと思います。残りの人生で是が非でも成し遂げたいという強い気持ちがあるんです。